第9話 面影
文字数 968文字
世間の母親たちと比べると、信子は格段に若く、そして美しかった。けれど、その美しさにはどこか陰りがあった。楽しそうに笑っているときでさえ、その笑顔の奥には、うっすらと悲しみが透けて見えるのだ。
「若後家さんやき、ねぇ……」
近所の連中は、よくそんなふうに噂していたけれど、それだけが理由ではない気がする。
幸弥が小学校にあがる前のこと、母と、亡き父の共通の友人だという青年が、頻繁にアパートを訪れていた。女所帯に若者がひとり加わるだけで、家のなかに明るさと活気が増した。幸弥は彼を「浩二
ところが、あるときから、浩二兄やんはぷっつりと顔を見せなくなった。
「お仕事でなぁ、遠くへ行ってしもうたがよ……」
不思議に思って尋ねた幸弥に、大叔母がそっと教えてくれた。
ひっそりと息をひそめるようにして、信子は部屋の隅で泣いていた。
ふたりのあいだに何があったのか、幸弥には知る
それでも、ときおり、考えてしまう。
浩二兄やんが、あのままずっとそばにいてくれたなら、母は幸福になれたかもしれない……
「やめちょき! お互い、嫌な思いするがが関の山ぞね」
ふいに、ふすまの向こうから大叔母の諭すような声が聞こえた。
現実に引き戻された幸弥は、思わず聞き耳を立てる。
「ほいでも、西森の家は余裕があるがやき、あの子の学費、びっとでも、援助してもらえたら……」
西森……父の名字だ。
父方の親族に、
(俺のじいちゃん、ばあちゃんに当たるひとらぁは、まだ生きちゅうがやろうか……)
年々、会いたい思いが強くなる。
親子なのだから、きっと、顔も性格も似ているだろう。祖父母に会うことができたら、父の顔を思い出せるかもしれない。それに、父が生まれ育った家になら、写真も残っているはずなのだ。
(いつか、おばちゃんに
そっと目を閉じて、幸弥は記憶の底に眠る、父の面影を追う。
しかし、浮かんできたのは浩二兄やんの顔だった。それはしだいにぼやけてゆき、やがて、すっと鼻筋の通った、精悍な横顔に変わっていった。