第8話 まぼろし
文字数 1,010文字
玄関の戸を開けるなり、非難するような大叔母の声が飛んできた。
「ごめんちや! 母さんに見せたいモンがあったがで」
靴を脱ぐのももどかしく部屋に入ると、
「こいつ、父さんに似ちょらんが?」
写真をひと目見た信子は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「えらいハンサムな子やねぇ。あんたのお友達なが?」
「そうで。
「西方町…
少し驚いたように言うと、何やらしみじみとした目で幸弥をじっと見つめる。
じれったくなった幸弥はもう一度尋ねてみた。
「ほんで、どうな? 若いころの父さんに似ちょらんがか? 母さんが前に言うちょった、ローマ鼻ち、こんな鼻やろう?」
信子はふたたび写真に目を落とす。しばらく見入ったあとで、残念そうに首を振った。
「鼻のかたちは、たしかに似ぃちゅうかもしれんけんど、顔は違うき。父さんは、もっと線が優しい感じやったがでねぇ」
思いがけない返事に、幸弥はことばを失った。
楽しい夢から、むりやり覚まされた気分だ。
(
そんな後悔が、胸の底からふつふつとわいてくる。
「ほいでも、こんな強そうな子ぉが、あんたと仲良うしてくれゆうがは、頼もしいでねぇ」
ふいに黙りこんだ幸弥を気遣うように、信子は
「この子も、大手門高校なが?」
「こいつは
幸弥も努めて明るく答える。
「それは残念やねぇ。けんど、この子もテニスやっちゅうがやったら、また試合で会えるろう?」
「俺は高校では部活はやらんでぇ。バイトするがやき」
お日様が雲に隠れるように、信子の顔から笑みが消える。
「そんな、もったいないこと言いなや……せっかく今まで頑張ってきたがやき。お小遣いがいるがやったら、母さん、
「いらん! そんなつもりで言ったがやない」
幸弥は思わず大きな声を出した。
「テニスは、趣味でやったらえいがで。こないだも、こいつと一緒にテニスしたがやき。それで十分ちや!」
信子は無言のまま、悲しい目をして幸弥を見ている。
「…ちっくと、着替えてくるき」
いたたまれなくなった幸弥は、そう言い残すと、自分の部屋に引っ込んだ。