第10話 幻想
文字数 1,086文字
入学式を終えたその足で、 三十分近くも路面電車に揺られて来たというのに、一緒にいられたのは五分足らずだ。写真を受け取った幸弥は一度も振り返ることなく、飛ぶように帰っていった。
(えらい、あっさりしたモンやにゃあ……)
別々の高校に通う幸弥に会うには、きっかけが必要だ。写真を渡すのは、いわば口実に過ぎなかったのに……
小さなため息をつき、今しがた降りたばかりの電車にふたたび乗りこんだ。幸弥の最寄り駅は終点で、市内から来た電車は、ここで折り返してまた市内へと戻ってゆく。
(俺に会うがが、あいつは、嬉しくないがやろうか……)
背中に頬を寄せたり、鼻すじを指で撫でてみたり、散々気を持たせるようなことをしておいて、どうして、あんなにそっけない態度がとれるのだろう?
もやもやした思いを抱えながら外の景色をぼんやり眺めていると、通りを歩く学生服の一団が目に入った。明日から始まる、ひとりの知り合いもいない高校生活を連想して、なんとなく気が重くなる。入学式では、口を利くたび、周囲の目がいっせいにこちらへ向いた。どうやら幡多弁が珍しいらしいが、まるで見世物にでもなった気分だ。
樹が高知へ来たのは、幸弥に会いたい一心だった。しかし、そのことを伝えると、まるで面白い冗談のように、幸弥は笑い飛ばしたのだ。
(あいつはただ、俺をからかっちょうだけながか?)
そんな思いがわいたとき、ふいに、耳の奥で声が響いた。
——高知へは行くな!
夕陽を思わせる赤茶けた髪。そばかすだらけの顔。怒りと悲しみに満ちた、樹を見つめる目。
故郷の
これまで出会ったどんな人間にも似ていない、不思議な魅力を持つ幸弥のことを、樹は自分と同じ「男」として見ることが、どうしてもできなかった。
自分には、幸弥が「女」としか思えないのだと告げたとき、誠は驚愕の色を浮かべて、全力でそれを否定した。
誠が言うように、すべては、樹の思い込みなのかもしれない……
幸弥と出会ってからの三年近い日々のうち、実際に会ってことばを交わす機会は、数えるほどしかなかった。
その限られた時間のなかで、幸弥が見せた表情やしぐさを、樹は大切に胸の奥へしまい、幾度も想い起こした。夢にまで見たくらいだ。しまいには、どこまでが本当に起こったことで、どこからが夢のなかの出来事なのか、自分でも分からなくなってしまった。