第5話 写真
文字数 1,151文字
「早いとこ現像したいがやけんど、まだフィルムが残っちょうがで」
さりげない風を装って、樹は切り出した。
「撮りきっちゃお思うて、持ってきたがよ」
「それ、何枚撮りなが?」
「24枚や。まだ半分も撮っちょらんが」
「ほいたら、撮りでがあるねや。言うちょくけんど、モデル料は高いでぇ」
幸弥が冗談めかして笑う。
反射的に、樹はシャッターを切った。
「おい、いきなり撮るなや! 心の準備ちうモンがあるがぞ!」
「あんまりえい顔しよったけん……」
幸弥に怒られても、写真を撮る手は止まらなかった。そのうちに幸弥も興が乗ってきたようで、わざとらしく笑ったり、乙に澄ましたりする。顔を作るのに疲れた幸弥が、ふっと素に戻った瞬間、樹はシャッターを切った。
「せっかくポーズとっちゃったに、おかしなタイミングで撮りなや!」
「そればぁ気合い入れんじゃち、普段のままが一番えいがで」
「聞いた風なことぬかすな」
幸弥はカメラを奪い取った。
「お返しちや。お前の『普段まま』の顔とやらも、撮っちゃらぁ」
ファインダーをのぞきながら、ふと思いついたように言う。
「ちぃと横向いてみぃや」
樹が言われたとおりにすると、幸弥はつづけざまに二三枚撮った。
「俺の、死んだ父さんがなぁ、お前と同じ鼻をしちょったがやと……」
樹にカメラを返しながら、幸弥がぽつりとつぶやく。
「鼻?」
「そうで。ここの、目と目のあいだの
幸弥の指が伸びて、樹の鼻をそっとなぞる。
その瞬間、樹のうちで小さな爆発が起きた。火花が散り、全身の産毛がぞわぞわと逆立つ。
小さく息を吐くと、樹は思い切って尋ねた。
「ふたりの写真、撮ってみんか?」
じらすかのように、少しだけ間をおいてから、幸弥は答えた。
「別に、
ベンチでは低すぎたので、近くにあった水飲み場にカメラを設置して、幸弥の隣に立つ。
肩を抱こうか迷ううちに、シャッターが切れた。
「なんや、お前。挙動不審ぞ。照れちゅうがか?」
「すまん。肩組もうとしたがやけんど、お前が怒るかしれん思うて……」
「怒りゃあせんき、堂々と組んだらえいろう。コソコソされる方がよっぽど気色悪いでぇ」
「ほいたら、もう一枚撮らしてくれ」
タイマーをしかけ、幸弥の肩にそっと手をおく。
手が触れた瞬間、幸弥の身体が微かにこわばるのがわかった。
思わず肩を抱く手に力が込もり、幸弥をぐっと抱き寄せる。
半身に幸弥の体温を感じながら、樹はシャッターの乾いた音を聞いていた。