第17話 顔
文字数 931文字
「ユニフォームは支給やけんねぇ」と、副社長が用意してくれたものだ。
池田オートサイクルでは、書類関係を一手に担う社長の奥さんは「副社長」、上の息子は「常務」で下の息子は「専務」と、なかば冗談めかして呼んでいる。洒落とはいえ、手伝い程度の息子たちを役職名で呼ぶところに、いずれは店を継いでほしいという社長の願いが込められている気がした。
「一条の生徒やけん、頭でっかちの屁理屈たれやないかち、ちっとばぁ心配しちょったけんどにゃあ……」
店の方から、社長が常連客と話す声が聞こえてくる。
「あいつは素直やし、なにより勘がえい。とんだ拾いモンやったでぇ」
思わず着替えていた手が止まる。ほぅっと小さく息を吐いて、静かに喜びを嚙みしめた。
「広い世界へ打って出たいち思うがぁ、男の
いずれは都会へ出たいという誠の夢を、社長は理解し、応援してくれた。
「どこへ行ったち困らんばぁ、俺の持ちようノウハウを、ひとつ残らず叩きこんじゃらぁよ」
高知の工業高校へ行く夢は叶わなかったけれど、ここで社長の助手をしながら修理の技術を身に着けたなら、いつかは、いっぱしの職人になれるかもしれない。
かなりくたびれてはいるものの、きちんと洗濯されたツナギに身を包むと、誠は店へ出た。
まだバイクには触らせてもらえない。サビだらけの自転車を、研磨剤をつけたウエスで丁寧に拭いていく。
店のドアはガラスの引き戸になっていて、作業をする様子が表の通りからもよく見えた。
ふいに、鈴の音を思わせる笑い声が聞こえた。顔をあげると、通りの反対側に、一条女子高の制服を着た少女たちが見えた。中学時代、同じテニス部にいた女子たちだ。興味津々といった顔で、しきりにこちらをうかがっている。
五六人はいる少女たちのなかで、誠はただひとりを見つめ返した。
皆の背中に隠れるようにして、ひっそりと立っていた岡林は、誠と目が合ったとたん、困ったように、すっと目を伏せた。
女の子たちが去ったあと、誠はガラス戸に写る自分の顔がオイルで汚れているのに気づいた。
恥ずかしくなどなかった。
これが働く男の顔だ。
岡林は、きっとそれを知っている。
誠はそう信じていた。