第20話 残り香
文字数 1,091文字
「なんや、お前。何しに来た?」
思わずきつい調子で
「こいつ、中学のとき、同じ部活におったがです」
「初めまして。高橋といいます」
澄ました顔で言いながら、高橋はぺこりと頭を下げる。
「樋口くん、男子テニス部の部長やったがですけど、そんとき、わたし、強制的に女子の副部長にされたがですよぉ」
誠は顔から火の出る思いがした。
「そんなつまらんこと言いに来よったがか? 仕事の邪魔ちや! とっとと
目を丸くしてふたりのやり取りを眺めていた社長は、やがて思い立ったように腰をあげる。
「ちっくと用足ししてくるけん、ゆっくりしていきや」と言い残し、そそくさと奥の座敷へ消えた。
「気ぃ
悪びれる様子もなく、高橋は上目遣いに誠を見つめる。
(こいつ…女やなかったら、殴っちょうぞ……)
返事もせずに、誠はくるりと背を向けた。ふたたび自転車のわきにしゃがみ、掃除のつづきを始める。
「怒りなや。わたし、樋口くんに
弾むような勢いで、高橋は誠の隣へしゃがんだ。
爽やかな柑橘の香りがふわりとたちのぼり、誠の鼻腔をくすぐる。
「カナちゃん、覚えちょうろう? タムラカナコ。中学んとき、テニス部で一緒やった」
誠はその名に覚えがなかった。同じテニス部とはいえ、男子と女子は練習も別々で、一度も話したことのない部員もざらにいた。
「知らん。忘れた」
「ほんま? カナちゃん、けっこう可愛かったに……」
高橋は前のめりになって、探るように、誠の顔をのぞきこむ。
「カナちゃんがねぇ、知りたがっちょうで……樋口くん、彼女は……おるが?」
誠はようやく
「そいつに言うちょけや。俺に彼女がおろうがおるまいが、あんたには関係ない」
高橋は返事をしなかった。無言のまま、じっと誠の仕事ぶりを見つめていたが、やがてぽつりと言った。
「…今でも、ふみちゃんのこと、好きなが?」
思わず誠の手が止まる。次の瞬間、がらりと表の引き戸が開いた。
「社長、おるかよ?」
近くのガソリンスタンドの店主だった。
高橋の姿を目にとめると、バツの悪そうな苦笑いを浮かべる。
「おぉの、お邪魔やったかのぅ……」
高橋はすっくと立ちあがる。
「ほいたら、また来るけん」とささやいて、店を出ていった。
(もう来なや……)
誠は口のなかでつぶやく。
店内に染み込んだオイルの匂いに混じる、微かな