第61話 お守り
文字数 1,385文字
「あんたぁ、ほんまに取り越し苦労が過ぎるわえ。そんな先のことらぁて、分かるはずないろう? ましてや結婚やち、相手のあることながやけんねぇ」
「千代子姉ちゃんも、やっぱり、結婚したいち思いようがか?」
誠の頭に、母の陰気な顔が浮かんでくる。
千代子には、あんなふうになってほしくない。
「結婚したち、せんじゃち、えいことも悪いこともあるろう? やけん、どっちじゃち
そう話を締めくくると、千代子は居ずまいを正して誠に向き合った。
「そんなことより、あんたぁ、えい子がおるそうやいか?」
誠は思わず顔をしかめた。
「えい子なモンかよ! 強引につきまとわれて、こっちは迷惑しちょうがや」
憂さを晴らすかのように、高橋の所業をぶちまける。
「なかなか押しの強そうな子やねぇ。あんたぁぐずぐず考えてしまいよるタイプやけん、案外、お似合いかもしれんでぇ」
千代子はテーブルに身を乗りだして、誠をまじまじと見つめる。
「試しに、つき合うてみたらどうな?」
「そんな……無責任なこと言いなや!」
つい、語気が荒くなる。
誠の、岡林への想いは、千代子も知っているはずなのだ。
「無責任なことあるかえ。その証拠に、あんたにえいモン持ってきたがやけん」
千代子はバッグからラッピングされた長方形の箱を取り出すと、誠に渡した。
「これ、何な?」
包みをはがそうとした誠を、千代子は慌てて制し、小声でささやいた。
「ここで開けたらいかん。これはなぁ、おとなの男が、エチケットとして、肌身離さず持っちょかないかんモンなが」
数秒間、頭をひねり、はたと思い当たった誠の顔が真っ赤に染まる。
「
「冗談やない。あんたの将来にもかかわる大事なことちや。人生、何が起こるか分からんがよ。そんときになって慌てんように、ちゃんと準備しちょかないかんが」
「いらん。必要ない」
押し返そうとする誠に、千代子は
「これはなぁ、いわば、お守りながよ。男ちうモンはなぁ、普段どればぁ冷静じゃち、理性が無いなってしまうことがあるが。そんなとき、これは、あんたと、あんたの大事なひとを守ってくれるがで」
千代子の目は真剣そのもので、誠は口から出かかったことばを呑みこむ。
「それに、あんたにだけやるわけやないでぇ。堅悟と耕太郎には、もう渡してあるがよ。ふたりとも、あんたと違うて、小躍りして喜んじょったが」
誠は反論しようとしたが、千代子は知らん顔でつづける。
「
千代子のことばが、少しずつ、誠の胸に染みこんでいく。
はた目にはふざけているように見えたとしても、この「贈り物」には、弟たちの未来への祈りが込められているのだ。
現実的で合理的な千代子らしいと、誠は思った。
「ほいたら、肌身離さず持っちょくわえ」
誠はありがたくプレゼントを受け取った。
ふと疑問が浮かぶ。
「ところで、佑介には、やらんがか?」
「あの子には、まだ早い」
千代子は即答し、誠は笑った。笑いながら、笑っている自分を、別の自分が冷めた目で見つめているような気がした。