第21話 新生活
文字数 1,004文字
へたり込んだ
「出よったねや。
「ほいでも、懸垂で二桁いくがぁたいしたモンぜ」
森が感心したように言い、川村は市場で牛馬の品定めでもするように、樹の二の腕や背中を叩く。
「上腕だけやのうて、背中もええ感じで筋肉がついちゅうき、バランスがええがやろう」
樹が高知へ来てから半月が経とうとしていた。周囲の人間がみな土佐弁を話す環境に最初は戸惑ったものの、慣れてしまえば何ということはなかった。ほどなく、同じテニス部に入ったクラスメイトたちと親しくなり、行動をともにするようになった。
「明神は
森の声に、どこかうらやむような響きがあった。
「中学では、軟式テニス部やったがやろう?」
川村に
「けんど、小学校のときは、野球やっちょったがで」
とたんに、井上が笑いだす。
「休み時間にやっちょったがやろう? 三角ベースらぁ、野球とは呼べんでぇ」
「そりゃあ、休み時間は手打ちやったけんど、放課後はちゃんとバットもグラブも使うたで。日曜には、おとなのチームと試合もしたがやけんにゃあ」
「おとなと試合らぁて、よう言うわ。遊んでもろうちょっただけやいか」
決めつけたような口ぶりに、樹はそれ以上話すのをやめた。
井上は妙に思いこみが激しいというか、先入観を持つところがある。父親が役場のお偉いさんだと言っていたけれど、そんなこととも関係があるのだろうか?
「ほんで、どこ守っちょったがで」
井上にはとりあわずに、川村が尋ねた。
「キャッチャーで」
樹が答えると、森は目を輝かせた。
「かっこえいねや! ドカベンやか」
森は樹と同じ、農家の
樹は川村が一番つき合いやすいと感じていた。
川村は高知市に隣接する錦村の出身で、樹と同じく市内に住む親戚の家に居候している。
「街の暮らしは、俺にはどうも合わんでねや」
知り合ったばかりのころ、川村は樹にそうこぼした。
「やき、バイクの免許取ったら、家から通おう思うがよ。それまでの辛抱ちや」
川村の気持ちは、樹にもよく分かる。
高知の街は刺激にあふれ、何もかもそろっているようではあるけれど、決して手に入らないものもあるのだ。