第56話 雨雲
文字数 1,008文字
池田オートサイクルの店舗入り口のガラス戸から外の様子を眺めていた誠は、つっけんどんな口調で言った。
「いつまでもそんな
「邪魔らぁしちゃあせん。おとなしゅうここにおるだけちや」
すまし顔で高橋が答える。
夏休みに入って以来、部活を終えて駅へ向かう道すがら、仲間たちと別れて店に顔を出すのが日課のようになっていた。別れ際、高橋に手をふる集団のなかには、常に岡林の姿があった。仲間の陰に隠れていても、誠にはすぐ分かった。
「早うせんと、夕立になるでぇ」
誠は表通りを顎で指す。
そうこうする間にも、空はどんどん暗さを増していき、やがて大粒の雨がガラス戸を叩いた。
「おぉの、降ってきよったにゃあ」
奥の座敷から社長が顔を出す。
気を遣ってくれているのか、それとも、ただ単に若い娘が苦手なのか、高橋が来ると、社長はすぐに奥へ引っ込んでしまう。それもまた、誠には心苦しかった。
「止むまで、なかで待ちよったらえいで」
社長のことばを受けて、高橋の顔が輝く。
「ほいでも、いつ止むか分からんですけん……」
社長にひと声かけてから、誠は高橋にぴしゃりと言った。
「若い女が夜道をひとりで歩きよったら危険やちうことくらい、お前じゃち、分かるろう?」
「ほいたら、バイクに
「冗談言いなや! 俺のバイクに女は積まん。こけて顔に傷らぁつけてしもうたら、責任とれん」
「責任ち、何ね? もしかして、お嫁にもろうてくれるが?」
「えいかげんにせぇ!」
ついに我慢ならなくなって、誠は声を荒げた。
観念したのか、高橋は荷物をまとめて帰り支度を始めた。そのさなか、ふっと顔をあげ、探るような目で誠を見つめる。
「女は積まん言うちょったけんど、ふみちゃんなら、どうな?」
答える代わりに、誠はするどい一瞥をくれた。
高橋は悲しそうに顔を曇らせ、何も言わずに店から出ていった。
「あんまり邪険にしなや。明るうて、素直なえい子やいか」
雨のなかを走ってゆく高橋を、心配そうに見守りながら、社長は諭すように言った。
誠は返事ができなかった。
いい子なのは、分かっている。
しかし、それだけでは、ダメなのだ……
外はすっかり暗くなり、店内の灯りを受けたガラス戸が、鏡のように誠を映す。
赤茶けた髪をした、しょぼくれたソバカス顔が、じっと誠を見つめていた。