第60話 自活
文字数 1,028文字
「千代子姉ちゃん、こんな高そうな店でメシ食いようがか?」
「会社の人らぁに、ときどき連れてきてもろうちょうがよ。自分で来たがは初めてやけんど、ボーナスが出たけん、問題ないが」
ふたり掛けのテーブル席に通された誠たちは、まず飲み物の注文を
「私はビールの小瓶をお願いします。誠はどうするが? オレンジジュースやコーラもあるで」
いくらなんでもオレンジジュースは無いだろうと苦笑しつつ、「ほいたら、ウーロン茶ください」と、誠は答えた。
「ほんまは、俺もビールがよかったけんどにゃ」
「未成年の分際で何を言いようがや。それに、あんたぁバイクやろう?」
「千代子姉ちゃんじゃち、車やいか」
「やけん、小瓶にしちょいたがよ。ほんまは大ジョッキでいきたいとこながやけんどねぇ」
軽口をたたいている間に、ビールとウーロン茶が運ばれてきた。互いのグラスに
「何じゃち好きなもん食べたや。ここは、お
「刺身もえいけんど、川エビのから揚げも美味そうやにゃ」
あれこれ迷った末に、刺身の盛り合わせ、鰹のたたき、ウツボと川エビのから揚げ、大きめの
誠たちが来たときには、まだ客もまばらだった店内は、いつの間にか満席になっていた。煙草やアルコールの匂いに混じって、空っぽの胃袋には刺激が強すぎるほどの、美味そうな食べ物の匂いが満ちている。
ほどなく、料理が運ばれてきた。刺身は驚くほど新鮮で心地よい歯ごたえがあり、川エビはサクサクした殻の香ばしさと身の甘さが絶妙だった。
夢中で頬張る誠を、千代子は満足そうに眺める。
「美味しいろう? 私も初めてこの店に連れてきてもろうたときは、
高校を卒業してすぐに就職した千代子は、今年で勤続三年目になるはずだ。社会人としては若輩者の部類に入るのかもしれないけれど、働いて稼いだ金で、弟分である自分に食事を奢ってくれる姿に、誠は自活する人間の風格を感じた。
「千代子姉ちゃんは、ずっと仕事つづけるがか?」
「何ね? いきなり」
「世間では、女は結婚したら家庭に入るモンやち言われちょうろう? やけんど、なんや、そういうがは、千代子姉ちゃんらしゅうない気がするがで……」