第76話 最高の友達
文字数 1,032文字
「中一の秋季大会のとき、俺、先輩のラケットに当たってしもうて試合ができんなったろう? そんときのことを先輩は気にしちゅうがや」
大﨑のあまりの律儀さに、樹は目を丸くして驚いた。
「そりゃ、ご丁寧にどうも……」
樹もぎこちなく頭を下げる。
「三者面談やあるまいし、
徳弘が
「大﨑先輩も、挨拶はもうえいですき、早うテニスしましょうや」
今回ばかりは、幸弥も徳弘と同意見だった。樹と徳弘、幸弥と大﨑でペアを組んで軽く打ち合ったあと、とりあえず5ゲームマッチで試合を始める。
樹には「お遊びや」と言っておきながら、いざ試合となるとムキになるところは幸弥も徳弘と変わらない。一試合終える頃には、四人とも汗だくになっていた。
「たまぁ! 初めて組んだとは思えん試合ぶりやなぁ」
樹と徳弘に向かって、大﨑はさも感心したように言った。
「そりゃあもう、俺らぁ相性抜群ですき!」
徳弘は得意げに笑う。
「明神と同じ高校やったら県大会も狙えたろうに、残念ちや」
「調子にのるなや。樹が気ぃ遣うて合わせてくれよったがぞ」
幸弥はぴしゃりと言ってやった。
「それに、樹は、今は硬式やりようがや」
「ほんまか? ほいたら俺も硬式にすりゃよかったわえ」
悔しがる徳弘を尻目に、大﨑は納得した様子でうなずく。
「そうか、明神くんが高知へ来たがは、硬式テニス部に入るためやったがか」
「こいつ、見かけによらずミーハーながですよ。軟式テニスは日本で生まれて発展したスポーツやに、硬式はオリンピックの正式競技やとか何とか言いよって……」
まるで告げ口するかのように、幸弥がまくしたてるのを、樹は苦笑まじりに聞いている。
そんな幸弥と樹を、大﨑は少し驚いたように、そして同時に、何かとてもほほえましいものを見るような目で見つめていた。
「お前と明神くんは、ほんまにえい友達ながやなぁ」
センターの終了時間まで、思う存分テニスを楽しんだあと、大﨑は幸弥にポツリと言った。
「なんや、ふたりを見ちょったら、俺まで幸せな気持ちになったわ。誘うてくれて、ほんまにありがとうなぁ」
はにかんだように笑う大﨑を見ているうちに、自分のなかに何か温かいものが満ちてきて、それがどんどんふくらんで、胸が苦しくなるような感覚に襲われた。
口を開いたら涙がこぼれてしまいそうで、幸弥はただ、こっくりとうなずいた。