第51話 失望
文字数 1,085文字
翌日、
「半分くらい読んだで。
まんざらお愛想というわけでもなく、幸弥は言った。
最初は気乗りしなかったものの、読み進むうちに止まらなくなった。同じ作者が書いただけあって、「ブラウン神父」は「木曜の男」と世界観がよく似ていたのだ。
「そうやろう。『見えない男』やら、『犬のお告げ』やら、ブラウン神父シリーズには通好みの名作がようけあるがよ。トリックのバラエティーの多さでは、チェスタトンに並ぶモンはおらんがやき」
「『見えない男』は俺も好きでぇ。最後の方で、犯人と神父が一緒に雪の丘を歩いちょったゆう一文を読んだときは、なんとも言えん気持ちになったがや……」
夜空に光る星々が、雪の降り積もった丘を冴え冴えと照らす。雪の上に点々とつづく足跡の先には人影がふたつ。他人には容易に理解できない想いを、独り胸に抱きつづけてきたであろう犯人と、そんな彼にそっと寄り添う神父の姿とが、まるで自分もその場にいるかのように、鮮明にまぶたに浮かぶ。
ふたりは、いったい、どんな話をしたのだろうか……
物語の世界に入りこんでいた幸弥の耳に、場違いな笑い声が飛びこんでくる。
「そんな感想聞いたがぁ初めてちや! 水田くんは、変わっちゅうがやなぁ」
顔が燃えるように熱くなり、汗が噴きだす。何か言い返さなければと思うのだが、頭のなかが真っ白になって、ことばが出てこない。
そんな幸弥の様子に気づくこともなく、佐々木はダメ押しのように言った。
「人間心理の盲点を突くトリックこそが、『見えない男』の見どころながで。かの江戸川乱歩も、あれはシリーズ最高傑作やち言うちょったがやと」
「…俺、推理小説らぁ、ほとんど読んだことないき……」
やっとの思いで、幸弥はそれだけを口にした。
「そうながか? 『木曜の男』を読んじょったき、水田くんならいける思うたがやけんどなぁ……」
腕組みをして、何やら考えこんでいた佐々木は、やがて思いついたように口を開いた。
「ほんなら、シャーロック・ホームズはどうな? ミステリーを語るうえで避けては通れぬ古典の名作やけんど、シンプルで読みやすいき。まだ読んじゃあせんろう?」
幸弥はぎこちなくうなずく。
「ほいたら、明日持ってくるわ。きっと気に入るでぇ」
(勝手に決めなや。俺のことらぁ、
腹の底で悪態をつきながらも、断ることはできなかった。
思い描いていた「親友」には程遠いけれど、とにもかくにも、休み時間を一緒に過ごせる相手ができたのだから。