第42話 社会人
文字数 960文字
部活を終えて帰宅した
伯父の家へ行ってみると、工場の方から何やら楽しげな声が聞こえてくる。
「おう、お帰り。遅かったねや」
真っ先に樹を見つけた、
「誠はたいしたモンぞ。バイクのことをよう分かっちゅうき。そのうち、自分で整備できるようになるがやないか?」
敏郎のことばに、正も賛同する。
「げに、まっこと、普通高らぁ行かしちゅうがは惜しいでぇ。工業で基礎から学びよったら、一流の整備士になれるにかぁらん」
樹はうろたえた。誠が、本当は工業へ行きたがっていたことを、伯父は知らないのだ。
とりなすべきかどうか迷っているうちに、敏郎が口を挟んだ。
「親父の考えは古いちや! いまどき
「工業やったら、基礎から広く浅く教えてくれるがやろうけんどにゃあ。俺の師匠は二輪に特化しちょうけん、こっちの方が、俺には向いちょうがで」
思いのほか、さばさばとした様子で誠は言った。
「高校でやっちょうような勉強が、社会へ出て役に立つとも思えんけんど、敏郎兄ちゃんが言うように、時代は変わっていくがやけんにゃ……身につけられるモンがあるがやったら、何じゃち、身につけちょって損はないろう」
笑顔を見せる誠に、樹は安堵した。
ふと、井上のことを考える。
樹が井上に反発したのは、ことばの端々に、人を格付けするような卑しさを感じたからだ。
しかし、井上が言わんとしていたのが、「適材適所」ということならば、樹にも理解できる。
人が生きていくために必要な条件は数限りなくあるけれど、ひとりの人間がそれらをすべて満たすのは無理だ。だからこそ、多種多様な特性を持つ人々が集まって「社会」を作り、そのなかで、互いに補い合いながら暮らしていくのだろう。
樹も、井上も、その他おおぜいの人々も、つまるところは「社会」の構成員のひとりなのだ。
いや、学生である樹たちは、まだ構成員の数には入れられない。もし大学へ進むとしたら、少なくとも、あと六年は親に養ってもらうことになる。
なんだか、気が遠くなりそうなほどに、先の話に思えた。