第32話 不愛想
文字数 1,035文字
先ほど聞こえてしまった松本のことばを思い出し、
何も知らない
(俺もひとのこたぁ言えんけど、あいつも、たいがい不愛想やな……)
そんなことを考えていると、松本が幸弥に顔を寄せてつぶやいた。
「あの子も、せめてニコニコ笑うちょったらえいになぁ? ブスがぶすっとしよるがぁ、見るに堪えんでぇ」
おどけた口調がおかしくて、幸弥はつい笑ってしまった。あとから、申し訳ないような気持ちがわいてくる。
幸弥と楠瀬は、いわば同類なのに……松本と一緒になって笑い者にするなんて、なんだか、裏切り行為みたいだ。
罪滅ぼしというわけでもないけれど、これまでほとんど接触のなかった楠瀬と、少しことばを交わしてみようという気になった。
共通の話題が見つからないので、とりあえず「楠瀬さんて、高校どこなが?」と
「…
目を合わそうともせずに、楠瀬がぼそりと答える。
「西城⁉ ほんまか? 俺の友達も西城ながで」
思いがけない偶然に、自然と声が弾んだ。
「
少しの間を置いて、楠瀬はあっさりと言った。
「背ぇの高い、色の黒いひとやろう?」
「知っちゅうがか? あいつ、結構目立つきなぁ」
幸弥は自分が誉められでもしたような、妙に嬉しい気分になって、考えもなしに余計なことを口にした。
「ほんまに、奇遇やなぁ。あいつもきっと驚くでぇ」
間髪入れずに、楠瀬が言い放つ。
「言うたち無駄やき。そのひと、私のことらぁ知るわけないき」
平手打ちを食らったような心地がした。
幸弥にしたところで、同じ学校の人間はおろか、クラスメイトにすら、存在を知られていないかもしれないのだ。
「まぁ……そりゃそうや。入学してまだひと月も
苦しまぎれに笑ってみたけれど、楠瀬はニコリともしない。
話題を変えようと、「俺の高校はなぁ……」と切り出したとたん、出鼻をくじかれた。
「大手門ながやろう? えらい賢い子ぉやち、みんなぁ噂しちょったき」
(最悪ちや……)
これではまるで、名門校の生徒だとひけらかすために、話をふったようではないか?
(慣れないことは、するモンやない……)
自戒の念を込めて、胸のうちでつぶやくと、幸弥はそれきり口をつぐんだ。