第59話 姉のようなもの
文字数 1,253文字
それでも、どうしても、応えることができなかった。
高橋の口がへの字に曲がる。愛らしい顔をしかめると、いきなり「べぇー」っと舌を出した。
「ばぁーか!」
捨て台詞を残して、ぷいっと背を向け、そのままずんずん歩きだす。
高橋の姿が、視界から完全に消えてしまっても、誠はしばらくその場を動けずにいた。
その日の夕方遅く、突然、千代子が池田オートサイクルに顔を出した。
不意打ちをくらって、いささか取り乱した誠は、つい、「姉です」と社長に紹介してしまった。すぐさま、「姉のような、モンながです」と言い直す。
「何ね、その言い方は? 複雑な事情があるがやないかち、いらん誤解を招くろう?」
千代子は朗らかに笑いつつ、社長に向かって、「誠がいつもお世話になっております」と頭を下げた。
「この子は私の弟の友達ながです。
「ほんで、何しに来たがや?」
小声で尋ねる誠に、千代子は悪びれることなく言った。
「何しにとは、ご挨拶やねぇ。あんたがちっとも顔見せんけん、様子を見にきたがやないの」
「やけんど、俺、仕事中ながや……」
「分かっちょう。この先の、「かわさき」いうお店におるけん、仕事が終わったら
ふたりの話を楽しそうに聞いていた社長が、ここで口を挟んだ。
「もうまぁ店じまいやけん、帰ってえいで。
誠は追い出されるようにして、千代子とともに店を出た。
「今度から、店の外で待っちょってくれぇや。いっつも、社長には色々気ぃ遣うてもろうちょるけん、さすがに申し訳ないがで」
「あんたぁ子どものくせに、いらんことばぁ気にしよる。おとなの好意には、素直に甘えちょったらえいが」
「子どもち…俺、もう十六ぞ」
そんな話をしながら、バイクを押しつつ、千代子と並んで歩いていると、いきなり声をかけられた。
「樋口やいか? こんな美人さんとふたり連れらぁて、お前も隅に置けんにゃあ」
同じ一条高生の、中野という男だった。
クラスメイトなので顔は知っているけれど、ほとんど接点はない。なんでも、相当な女たらしという噂だ。モデル雑誌から抜け出てきたような私服姿を見て、さもありなんと、誠は納得した。
品定めするような目つきで、千代子を上から下までじっくり眺めまわしたあと、中野は口元をゆるませて言った。
「樋口はクソまじめやけんにゃ。一緒におったち、なんちゃあ面白うないでぇ。俺んくへ来てみぃや。えいこと教えちゃらぁよ」
中野の口説き文句を、面倒くさそうに聞き流していた千代子だったが、ふと思いついたように、不敵な笑みが浮かべて中野を手招きする。
いそいそと近づいてきた中野の耳元に口を寄せて、何ごとかささやいた。
たちまち、中野の笑みが凍りつく。飛びのくように千代子から離れると、憤然として立ち去った。
「いったい、何を言うたが?」
誠の問いかけに、千代子はただ笑うだけだった。