第50話 友達らしきもの
文字数 960文字
日々のこと、将来のこと、とりわけ、父の形見である「木曜の男」について、胸のうちをさらけ出して語り合える存在が、
しかし、そんな相手が、簡単に見つかるはずもない。
高校でも、バイト先でも、ずっと独りで過ごしていた幸弥に、ようやく友達らしきものができたのは、一学期も終わりに近いころだった。
「何を読んじゅうがか?」
休み時間、いつものように自分の机で本を読んでいると、突然、同じクラスの佐々木が話しかけてきた。嬉しい驚きで思わず手が震えたけれど、幸弥は平静を装って答えた。
「『木曜の男』いう、小説ながやけんど……」
「チェスタトンか⁉ たまぁるか!」
分厚い眼鏡の奥で、佐々木の小さな目が星のように輝やいた。
(ようやく、めぐり会えたがや……)
思わず、涙があふれそうになった。
チェスタトンを、「木曜の男」を、解する者——
彼こそは、ずっと待ち望んでいた、魂の片割れ。「親友」と呼べる相手に違いない。
とっさにそう思いこんだ幸弥に、佐々木が放ったのは、予想外の質問だった。
「ほいたら、当然、『ブラウン神父』も読んじゅうがやろう?」
「いや、それは……俺は知らん」
戸惑いながら答えると、佐々木は子どものように無邪気な笑顔で言った。
「ほんまか? そいつぁいかんでぇ。俺が貸しちゃおき、読んでみぃや」
「そりゃ、どうも……ほんで、あんたは、『木曜の男』は読みゆうがか?」
「もちろん、読んじゅうでぇ。奇抜なストーリーはそれなり面白かったけんど、ありゃあ、ミステリーとは呼べんでなぁ」
佐々木の言わんとすることが、幸弥にはまったく理解できなかった。
「木曜の男」が、どのジャンルに属するかなんて、考えたこともなかった。仮に、「木曜の男」がミステリーでないとして、いったいそれが何だと言うのだ?
幸弥の内なる声が聞こえたかのように、佐々木は
「僕ぁ推理小説が好きでなぁ。それも、いまどきのやのうて、古典。日本なら横溝正史や江戸川乱歩。海外ならエラリー・クイーン、ヴァン・ダイン、ディクソン・カー……あげだしたらキリがないでぇ」
喜びではちきれんばかりだった幸弥の胸は、空気の抜けた風船のように、みるみるしぼんでいった。