第54話 徳弘の誘い
文字数 1,226文字
「無理に決まっちゅうろう。俺はバイトがあるがやき」
何時になっても構わないから折り返し電話がほしい。バイトを終え帰宅した
「バイトは昼からやろう? 朝の九時から始めるき、問題ないでぇ」
「勝手に決めなや。俺やち、都合があるがぞ」
「まぁ聞け! こないだ、俺らぁの試合を観にきよったろう? そんとき、お前を見て気に入ったゆうヤツがおるがや」
「気に入ったち、何な? 誰なが、そいつは」
「うちのテニス部の女ちや! お前が帰ったあとで、俺に色々
意外な展開に、幸弥は戸惑いを隠せなかった。
「ちょっと待てぇや。いきなり、そんなこと言われたち……それで、どんな子ながや?」
「特に可愛くはないけんど、ブスでもない。まぁ、並みやな」
「顔のことやない! 性格ちうか……どんなタイプなが?」
「性格も普通や。会うたらわかるき。ほいたら明日の九時、青少年センターやぞ」
返事をする間もなく、徳弘は電話を切った。
(徳弘のヤツ、思い込みの激しいとこがあるでなぁ……)
徳弘の早合点という可能性もある。真に受けて、いらぬ恥をかきたくはない。初めのうちこそ、少しは胸がときめいたけれど、幸弥はしだいにバカらしくなった。無視しようかとも思ったが、徳弘のことだから家まで押しかけてくるかもしれない。
翌朝、腹立たしさを抑え、眠い目をこすりつつ、幸弥は青少年センターへ向かった。
テニスコートでは、ふたりの女子を引き連れた徳弘が待ちかまえていた。
「紹介するでぇ。こいつが夕べ話した山田春子ちや。ほんで、こっちはおまけや」
「おまけち、なんね? 私やち、ちゃんと名前があるがよ」
もうひとりの女子が不満げに口を尖らすのを、徳弘はしたり顔で諭す。
「そんながぁ、分かっちゅう。ほいでも、今日のところは、お前も俺もおまけでえいが。それが、友情ちゅうモンろう?」
山田春子という小柄な少女は、まるで熟したトマトのように、顔を赤らめて立っている。
この子が幸弥を気に入ったというのは、どうやら本当らしい。
「山田春子は前衛やき、水田とペア組んだらえいで」
「…いちいちフルネームで呼ばんで……」
山田春子が蚊のなくような声でつぶやく。
女子と組むなんて初めてのことで、幸弥はなんだか緊張してきた。しかし、徳弘の前で無様な姿をさらせば、あとで何を言われるか分かったものではない。
「ほいたら、よろしく。徳弘は
幸弥はわざと素っ気なく言った。
次の瞬間、予想だにしないことが起きた。
山田春子は、憧れと恥じらいを含んだ瞳で陶酔したように幸弥を見つめ、こっくりとうなずいたのだ。
幸弥は大層驚いたものの、悪い気はしなかった。
徳弘が言っていたように、山田春子はこれといった特徴のない、平凡な顔立ちをしている。
そんなところも、幸弥にはかえって好感が持てた。