第34話 受け継がれしもの
文字数 1,162文字
かなり年季の入った品で、ところどころ色が抜けて傷もついていたけれど、それがかえって味わい深い。
安全性からいうと革のツナギが一番なのだが、夏のツーリングでは脱水の危険があるため、誠は代用として革ジャンのほかに厚手のジーパンを着用していた。
——身体中に風を受けて走るがぁこたえられんちや。なんや、自分も風になったみたいな気がするでにゃあ
少年のようにはにかみながら、社長は誠に言った。
——ほいでも、裏を返せば、身を守ってくれるモンも無いゆうこっちゃ。やけん、全身くまなく覆っちょかないかんがぞ
中型の免許を取ると宣言して以来、ことあるごとに、社長は装備の大切さを誠に説いた。無事に免許を取得すると、お祝いと称して、革製のツナギのほかに手袋とブーツも与えてくれた。すべて専務のおさがりだが、よく使いこまれたそれらは新品以上に誠の身体にしっくりと
初めて身につけたとき、誠はふと、中学生のころにお街の店で見つけたヴィンテージのジーンズを思い出した。
店の一番奥まった場所に、まるで秘密の宝物か何かのように、大切に飾られていた。
中古のくせになぜ新品より高いのかと、仲間たちは不思議がっていたけれど、誠には分かる気がした。
愛着を持って手入れされてきたものは、ただ消費されるだけの物とは違う。服でも道具でも、誰かの愛情と祈りが込められたとき、それは単なる物質を超えた「何か特別なもの」になる。
誠の愛車となったホンダCB250も、元々は社長が購入したものだ。社長から常務へ、さらには専務へと受け継がれた後、誠が譲り受けた。型は古いし走行距離も相当なものだが、社長が丹精込めて手入れをしてきただけあってすこぶる状態がよい。代金は毎月のバイト代から引いていくという条件で、誠は免許を取得した当日には、早くも自分のバイクを手に入れることができたのだった。
少しでも涼しいうちにと早めに家を出たが、樹は部活があるので昼過ぎまで帰らないと言っていた。社長の忠告通り、休憩しながらのんびり行けばいいのだと、頭ではわかっているものの、なんとなく時間を無駄にしているような、落ち着かない気分になってくる。
気を取り直して、コーヒーを買おうと自販機に百円玉を入れたとき、隣に並ぶコーラに目がとまる。ふいに樹の顔がまぶたに浮かび、気づいたらボタンを押していた。
樹はコーラが好きだった。
「歯が溶けるき、飲んだらいかん!」
樹の母の
そのしわだらけの小さな手を、誠はしみじみと思い出す。