第82話 足
文字数 1,016文字
集落からつづく長い坂道をくだっていくと国道へ出る。夏休み中はそのまま国道を突っ切って海岸通りを走ったけれど、新学期の始まった今はそこまで行く時間がない。くるりと方向転換して来た道を戻る。何の目新しさもないが、坂道の上り下りは足腰のトレーニングには申し分なかった。
幼いころから、誠は走ることが好きだった。足の速さだけは、
力いっぱいに地面を蹴りあげる。辺りの空気が風となって全身を撫でる。静止画のような景色のなかで、自分だけがぐんぐんと前へ進む。したたる汗とともに、鬱屈した思いも流れ落ちてゆく。
そんな感覚を、久しぶりに思い出す。
——正月には、また
赤銅色に日焼けした肌に、白い歯をのぞかせて笑う樹の顔がまぶたに浮かぶ。
こんな風に、わくわくした気持ちで何かを待ちわびるのは、いつ以来だろう……
最高のメンバーに恥じない、最高のプレイをするために、一番の武器である足に磨きをかけるべく、誠は走りつづける。
「もう指は大丈夫ながか?」
誠が声をかけると、佑介は照れたように笑った。
「もうすっかり治っちょう。心配してくれて、ありがとうにゃ」
「投球練習かや? 朝っぱらから気合入っちょうやいか」
「こないだぁ、無様な姿を見せてしもうたけん……こんど樹が
「しっかり頼むでぇ。お
茶化すように言って立ち去ろうとした誠を、佑介が呼び止める。
「和田先輩と山中先輩が、誠に会いたがっちょうがよ。時間があるときで
「テニス部員でもないに、のこのこ顔出しに行けるわけないろう?」
誠は険のある声で言った。
「それに、放課後はバイトがあるけんにゃ。すまんけんど、先輩らぁによう言うちょってくれ」
そう言い捨てると、佑介の返事も待たずに、誠は走り去った。