第35話 言霊(ことだま)
文字数 974文字
少年の日、樹とふたりで飲んだコーラは、口のなかで小さな爆竹を鳴らしているような、痛いくらいの刺激を感じたものだった。それに比べると、缶入りはどことなく気の抜けた風味がする。
(やっぱり、コーラは小瓶にかぎるでにゃあ……)
それでも冷たさは心地よかった。
道端に腰をおろし、刺激よりも甘味を強く感じる液体を飲んでいると、それまで頭の隅へ押しやっていた雑念が、ふいに頭をもたげる。
今朝のことだ。出かけようと玄関の引き戸を開けたら、佑介が立っていた。
(見送りはいらん言うちゃったに……)
誠のいらだちに気づいた様子もなく、佑介は笑顔を見せた。
「樹によう言うちゃってくれや。それから、くれぐれも、気ぃつけてにゃあ……」
笑顔の奥に、不安がにじんでいた。免許を取ってまだ日の浅い誠が、ひとりで高知へ行くのが、佑介は心配でならないのだ。
「分かった。ほいたら、行ってくるけん」
まだ何か言いたそうにしている佑介を尻目に、誠はさっさとバイクに乗ってアクセルを回す。
たちまち、金四郎が悲しそうに鼻を鳴らした。
「心配すな。来週には
誠はあわてて声をかけた。本当は、出かける前にたっぷり撫でてやるつもりだったのに……
結局、誠はそのまま走り出した。金四郎の寂しげな遠吠えが聞こえた。遠ざかるにつれて、どんどん小さくなり、やがて消えてしまった。
そんな光景を実際に目にしたわけではないのに、金四郎のそばに
——あんたらぁの口から出たことばにはなぁ、魂が宿りようぞね
祖母の声が聞こえた気がした。
——やけん、めったなことは言えん。あとになって、『あれは嘘です』言うたち、魂が宿りよったことばは消えんでなぁ……
幼いころから、祖母は誠と愛子に繰り返しそう言い聞かせていた。
それなのに、口にしてしまった。
——あんなヤツ、いっそ、死んだらえいがや
心を許した相手に、そんな呪いをかけられていたとは、佑介は夢にも思わないだろう。
それ以来、力なく横たわる佑介を、誠は何度も夢に見るのだ。
氷のように冷たくなった体をいくら揺さぶっても、名を呼んでも、目を開けてくれない。
目覚めたあとも、しばらく震えが止まらないほどに、その夢は生々しかった。