第84話 両天秤
文字数 848文字
正直なところ、なんとなく物足りないような気もしないではない。それでも、平穏な毎日を過ごせる安心感の方が、ずっと大きかった。
ある日の放課後、誠がいつも通りバイトへ行くと、店のわきに、ポツンと高橋がたたずんでいる。
誠はため息をついた。店の前にバイクを停め、ヘルメットを脱ぐと、開口一番問い詰める。
「お前、部活はどうしたがや? サボったがか?」
「調子悪いけん、休んだ」
「ほいたら、こんな
高橋は口をへの字に曲げて誠を軽くにらんだが、すかさず話題を変えた。
「樋口くんがバイクに乗っちょうとこ、初めて見たわ」
上目遣いに誠を見上げながら、いたずらっぽく笑う。
「案外、決まっちょうやか」
無視して店へ入ろうとした誠の腕を、高橋がつかむ。
「ねぇ、知っちょう? こないだ、ふみちゃん、木戸くんから手紙もろうたがやと」
一瞬、表情がこわばるのが自分でも分かった。平静を装って、「それが何な?」と切り返す。
心のうちを探るような、真剣な面持ちで、高橋は誠をじっと見つめている。
「ふみちゃん……なんや、嬉しそうやったで……」
平手打ちを食らった気分だった。何か言わなければと思うのに、ことばが出てこない。
「口では、何ちゃ言わんけどね。見ちょったら分かるが……」
誠から片時も目を離さずに、高橋はつづける。
「あの子……ズルいがよ。木戸くんが好きながやったら、さっさとヨリ戻しちゃったらえいやか? それやに、もったいぶって……あんたにも、木戸くんにも気ぃ持たせよって……こんなん、両天秤にかけちょうがと同じちや!」
高橋の、意外なほどの激しい非難に、誠は思わず弁護するような口調になった。
「そこまで言うがは、ちぃと酷ながやないか? 岡林は、きっと、心の整理がついちょらんがよ。佑介の方からつき合おう言うちゃったくせに、一方的に捨てられたがぞ。もし、お前が岡林の立場じゃち、そう簡単に許せるモンやないろう?」