第55話 混合ダブルス
文字数 1,465文字
「おまけ女子」がふわりと打ち上げたボールを、山田春子がボレーで返す。猛スピードでネットぎわへ走り寄った徳弘が、山田春子めがけてジャンピングスマッシュを打ち下ろす。
「きゃっ」
思わず身を引いた山田春子は、勢い余って尻もちをついた。
「女子相手に、本気で打ち返すヤツがあるかや!」
「コートの上では、男も女も関係ないわえ」
徳弘のことばに、幸弥の闘争心に火がついた。
「徳弘のボールは全部俺が返すき、山田さんは
山田春子がうなずくのを見届けると、徳弘めがけて、幸弥の最大の武器である、膝の屈伸を使ったフラットサービスを打ちこむ。
徳弘が打ち返すと同時に、山田春子はコートの外へ避難した。迷わず前へ走り出てた幸弥は、がら空きのネットぎわにジャンピングボレーを叩きこむ。
もはや女子そっちのけで、幸弥と徳弘は実戦ばりのラリーを繰り広げた。
そうこうするうちにバイトの時間が迫り、幸弥は挨拶もそこそこに、青少年センターをあとにした。
山田春子がますます自分を気に入ったようだと、徳弘からの電話で聞かされて、幸弥は面食らった。
「…あの子らぁほったらかしにしちょったに、俺のどこを気に入ったいうがや?」
「知らん!」
幸弥の疑問を、徳弘は一顧だにしなかった。
「女の考えることらぁ分かるかえ。とにかく、近いうちに会いたい言うちょったき、また連絡するき」
電話を切ったあとも、身体のなかがムズムズするような、おかしな感覚が消えない。
助けを求めるように、幸弥はふたたび受話器をとった。電話に出た
「じいちゃんが、耳が遠いけん、テレビの音がやかましいがで……」
わざわざかけ直した理由を、樹が説明するのを遮って、幸弥は本題に入る。
「徳弘がなぁ、高校のテニス部の女の子を紹介してきよって、今度ふたりで会うことになるかもしれんが。けんど、俺はそういう経験が無いき、どこへ行って、何を話したらえいか、分からんがよ」
受話器の向こうで息を呑む気配がした。
しばらく待っても、樹が何も言わないので、幸弥はことばを継いだ。
「お前はモテそうやき、彼女のひとりやふたり、おるがやろう? 何ぞアドバイスもらえんか思うて、電話したがや」
「…俺ぁ、彼女らぁ、おらん」
樹の声が、心なしか震えている。
「お前もやめちょけ。女らぁて、ロクなモンやないでぇ。荷物持てやら、メシ奢れやら言うて、都合よく利用されるだけちや」
幸弥は思わず噴きだした。
「何な、お前、女嫌いやったがか? それとも、硬派を気取っちゅうがか? それこそやめちょけ。そんながぁ、いまどき
樹の意外な一面を知った気がして、幸弥はなんだか楽しくなった。
「上手いこといったら、お前にも彼女の友達を紹介しちゃらぁよ。混合ダブルスも
まだ何か言いたそうにしている樹をなだめて、幸弥は受話器を置いた。
これまでの鬱憤をすべて晴らしたような、いい気分だった。
(そう言うたら、あの子、何て名前やったかなぁ……)
幸弥は思い出そうとしたが、名前どころか、顔もよく覚えていない。どこかで偶然会ったとしても、彼女だとは気づけないだろう。
(まぁ、えいか……)
盛りだくさんな一日だった。
心地良い疲労感を覚えた幸弥は、早めに床に