第29話 大手門高校
文字数 1,067文字
ずっとあこがれていた、父、母、そして浩一
時は朝の八時を過ぎたばかり。場所は市内で最も栄えた繁華街にも、高知城にもほど近い、賑やかでありながら歴史と文化の香りが漂う地だ。
何の共通点もなさそうなのに、なぜだろうと不思議に思った次の瞬間、さらなる一文が浮かぶ。
”およそとっぴな屋根の線が夕焼けした空を背景に黒く浮かび上がり——”*
鉄筋コンクリート造りの校舎の屋上には、大手門高校のシンボルである時計台が設置されている。しかもその時計台には、仏塔を思わせる屋根が乗っていた。澄み切った青空によく映える、西洋と東洋の融合とも呼ぶべき真っ白な校舎は、確かにユニークな眺めであった。
”日常の世界から切り離されて見えた。”*
ようやく腑に落ちた。
幸弥にとって、大手門高校は、世間に知られた名門の進学校というだけではなかった。
幸弥がものごころつく前に亡くなった父と、幸弥とをつないでくれるかもしれない、神聖な場所なのだ。
父の遺した小説のなかで、主人公が生涯の友と出会う場面を無意識に思い描いたことが、まるで何かの暗示のように思えて、幸弥は密かに胸を
校内に一歩足を踏み入れると、あたりの空気までが変わった気がする。
喜びが込みあげたとき、校庭の隅のテニスコートが目に入った。
父が、未来の
できることなら、幸弥もここでテニスをつづけたかった。しかし、授業についていくだけでも大変に違いない環境のなかで、バイトと部活動を両立させることは不可能だった。
(テニスなら、部活でやらんじゃち、樹も、大﨑先輩も、徳弘もおるがやき……)
幸弥は自分に言い聞かせる。
すべてを手に入れることなど、できるはずがないのだ。何を選び、何を切り捨てるか、それは自分で決めなければならない。
テニスコートから目を離し、幸弥は教室へ向かう。
未来の伴侶はともかくとして、親友と呼べるような存在に出会えることを、幸弥は何よりも期待していた。樹も、大﨑先輩も、幸弥にはかけがえのない存在だ。けれど、「親友」とは少し違う気がする。
*「木曜の男」(G.K.チェスタトン著 吉田健一訳)より引用しました。