第83話 最高潮
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それを持続させるのは、もっとむずかしい。
佑介の何気ないひと言で、誠の感情はふたたび下降する。
(あいつ、いらんことしよって……)
胸のなかで毒づきながらも、それが八つ当たりでしかないことに、内心では気づいていた。
和田先輩も、山中先輩も、誠は好きだった。決して会いたくないわけではない。けれど、もしふたりからテニス部に誘われたら、上手く断れる自信がない。おそらく、心のうちを見透かされてしまうだろう。
中学時代、誠は思いがけずテニス部の部長を務めることになった。
部長であることの重圧は予想以上だった。千代子の前で、泣きながら愚痴をこぼしたこともあった。それでもなんとかやり遂げたとき、部員たちから、身に余るほどの賞賛を送られた。暴君のようながた爺までもが、
その瞬間、すべての苦労が報われたと思った。
同時に、これが自分にとっての最高潮だと悟ったのだ。
幼いころからずっと、自分はつまらない人生を送るだろうと覚悟していた。
なぜなら、隣にはいつも樹がいたから。
誠がどれほど望んでも手に入らないものを、樹は生まれながらに、すべて持っていた。
誠は、おこぼれに預かるのがせいぜいだった。
いつの間にか、持たないことに慣れてしまった。
上手くいかないことが当たり前になって、なまじ望みが叶うと、何かの罠ではないかと疑ってしまう。 次は必ずしっぺ返しがくる。そんな不安にさいなまれて、逃げださずにはいられなくなる。
誠が高校で部活をやらないのは、バイトだけが理由ではなかった。
「最高潮」を味わってしまったら、あとはもう、落ちるだけなのだ。
中学時代に味わった、濃密な感動を、うすめるようなまねをしたくなかった。