第52話 一方通行
文字数 1,113文字
「何なら? どっかで聞いたような話ばぁやいか……」
否も応もなく、押しつけるように佐々木から渡された文庫本を読みながら、幸弥は独り
根強い人気を誇るホームズシリーズは、これまでに何度もドラマ化や映画化がされている。小説を読んだことはなくても、テレビなどで目にする機会が多いので、どの話も、おおよその内容は知っていた。そのせいか、目新しさを感じない。むしろ、この前読んだブラウン神父の方がよほど面白かった。
しかし、知名度においては、残念ながらホームズの圧勝である。幸弥自身、佐々木に教えてもらうまでは「ブラウン神父」の存在すら知らなかったのだ。「ホームズ」を読みすすめるうちに、その理由がわかった気がした。「ブラウン神父」に比べると、書き方が非常にシンプルでわかりやすい。幅広い層から支持されるのも納得できる。
(ブラウン神父の書評に、「シャーロック・ホームズと双璧をなす」やち、書いてあったけんど、このふたつはまったくの別モンやか……)
推理小説のかたちをとってはいるが、幸弥には、「ブラウン神父」が、著者であるチェスタトンの読者へ宛てたメッセージのように思える。
中学生のころから何度も読み返している「木曜の男」もまた、物語のなかに燃えるような作者の情熱と信念とが込められている気がしてならなかった。幸弥が「ブラウン神父」にすんなり溶けこめたのは、「木曜の男」と同じ道徳観に基づいていたからだ。
翌朝、登校するなり、佐々木が幸弥のもとへ飛んできた。幸弥は、まずは当たり障りのない感想を述べることにした。
「面白かったでぇ。それと、えらい読みやすかった」
嬉しそうな佐々木に、少々気勢をそがれながらも、幸弥はつづける。
「ほいでも、俺ぁ『ブラウン神父』の方が好きかもしれん。『木曜の男』もそうながやけど、作者の信念みたいなモンがあふれちょって、そこがえいがよ」
あわよくば、佐々木にも『木曜の男』の良さを知ってもらいたい。そんな期待を胸に、幸弥は佐々木の返答を待つ。
「なるほど、なるほど」
佐々木は大きくうなずいた。
「ブラウン神父とホームズは、ファン層がまっぷたつに分かれるがで。ブラウン神父のトリックは、奇抜なようでいて、解いてしもうたらなんちゃない、単純なものが多いけんど、ホームズは緻密に計算されちゅう。それやき、ホームズファンは本格派が多いがよ」
呆気に取られて、幸弥は佐々木を見つめる。
(こいつ、俺の話、ちゃんと聞いちょったがか……?)
幸弥の戸惑いに気づくことなく、佐々木は満面の笑みを浮かべて言った。
「水田くんが同じクラスにおってくれて、ほんまに良かったわ。ミステリーを語り合える人間らぁ