第53話 「独り」と「独り」
文字数 1,192文字
どうやら、佐々木は自分の話に夢中になると、相手の言うことが耳に入らなくなる、もしくは都合よく解釈してしまうタイプらしい。
そう気づいてから、幸弥は佐々木の話を適当に聞き流すようになった。ときたま相づちを打ちさえすれば、佐々木は上機嫌でいつまでもしゃべりつづけた。自分が楽しんでいるのだから、相手も楽しいに違いないと、無邪気に信じているようだ。
休み時間のたびに、佐々木は幸弥のもとを訪れては、さも楽しそうに古典ミステリーについて語った。クラスの連中からは、さぞかし仲の良いふたりだと思われていることだろう。
(こいつも別に、悪いヤツではないがやけんどなぁ……)
少しばかり無神経なところはあるけれど、佐々木は、故意に
邪険にしてはいけない。多くを求めてもいけない。休み時間を一緒に過ごせる相手ができたのだから、それで十分だ。
頭のなかでは割り切っているのに、ときおり、無性に寂しくなる。
なんだか声が聞きたくなって、幸弥は受話器をとった。
夏休みに入って二日目の午後。今日は遅番なので、バイトに行くまでにはまだ時間がある。バイトが休みの火曜日には、
電話に出たのは、いつものお婆さんではなく、樹の祖父らしき爺さんだった。
「樹はお街へ行きよったでぇ。
礼を言って受話器を置いた幸弥は、思わずため息をついた。
「荷緒の友達」というのは、
幸弥の頭に、燃えるような赤い髪をしたソバカス顔が浮かぶ。
あれは確か、中二の春季大会だった。
——お前、何しに来たが
樹の試合を観にいった幸弥を、険のある目つきで見据えながら、そいつは言い放った。
——ここは、お前らぁの来るところやない。とっとと
樹の友達というのが、そいつかどうかは分からないけれど、何となく嫌な予感がした。
しばらく悩んだ末、樹を探しに行くのはあきらめて、代わりに、徳弘に電話をかけた。
相手の都合などお構いなしなところは、佐々木と似ている。だが少なくとも、徳弘は幸弥のことばに反応を示してくれる。
そのとき初めて、幸弥は自分の感じた「寂しさ」の正体が分かった気がした。
徳弘との会話は、めちゃくちゃなラリーのようだけれど、佐々木とはラリーにすらならない。
せっかく一緒にいるのに、互いに別の方向を向いて、好き勝手にボールを打っているだけ。
小学生のころ、友達のいなかった幸弥は、放課後、アパートの壁に向かって、ひたすらサービスを打ちつづけた。
佐々木といると、そのときの記憶がよみがえってくるのだ。