第87話 おとなの対応
文字数 987文字
「お客さんが、『俺ぁラッパ飲みするき、グラスはいらん』ち言うたがです。それやき、私は持ってこざったです」
店長が厨房から出てきて、ふたりのあいだへ割って入った。
「えらい失礼しました。この子はアルバイトで、まだ高校生ながですき、どうか堪忍してやってください」
ぺこぺこと頭を下げながら、酔っ払いの前にグラスを置く。
納得いかない様子の楠瀬を連れて、店長がこちらへやってくるのが見えた。
幸弥は慌てて控室へ戻った。あたかも今来たばかりのように、素知らぬふりで制服のエプロンを身に着ける。
「ああ、水田くんか。いっつも早うに来てくれるき、助かるでねぇ」
幸弥に気づいた店長が笑いかける。その笑顔を、こんどは楠瀬に向けた。
「楠瀬さんも、ご苦労さん。ここんとこ出ずっぱりやったき、疲れたろう? 今日はもう帰ってえいき、ゆっくり休みや」
「私は……ただ、お客さんが言うた通りにしただけながです……」
「うんうん。よう分かっちゅうき。楠瀬さんは、
店長はなだめるように言う。
楠瀬はまだ何か言いたそうにしていたが、ことばを呑みこむようにして、ぺこりと頭を下げた。
「あんたぁの気持ちも分かるけんど、酔っ払いに何言うたち、無駄ぞ」
店長が出ていってから、幸弥は楠瀬に忠告した。
「相手にするだけバカバカしいがで。おまけに、店長にも迷惑かけてしまうがやき」
「ほんなら、どうしたらえいがよ? なんちゃあ悪いことしちょらんに、『すいませんでした』ち、頭さげたらよかったが?」
意外なほど激しい口調で、楠瀬が問いかけてくる。
予期せぬ反撃に、一瞬、幸弥は
「ああ、そうで。それが『おとなの対応』ちうモンぞ」
「おとなの対応ち、そんなん、まるで……」
楠瀬が食い下がる。
「八つ当たりはやめてくれ。俺は正論を言うただけちや」
幸弥は冷たく言い捨てて、話をきりあげようとした。