第47話 星まわり
文字数 1,365文字
真昼の太陽が容赦なく照りつけるなか、電柱にとまった蝉が、まるで
「おぉの、やかましい」
「山や林で鳴いちょったち、ちぃとも気にならんがに、街んなかで聞くと
あてどもなく歩くうちに、錦川が見えた。川べりへ降りていくと、心持ち空気が涼しく感じられる。丈の低い草が生い茂る土手に腰をおろし、ふたりはホッと息をついた。
「オミブラもえいけんど、こういう場所が落ち着くがぁ、生粋の田舎モンゆうことながやろうにゃ」
「田舎モンで結構やいか。都会モンらぁて、ほんの一握りろう? 米や野菜作るがも、魚を捕るがも、鶏や牛を育てるがも、俺らぁ田舎モンぞ。いわば、この国の食を支えちょうがや」
「そりゃあ、また、大きく出よったにゃあ」
樹のことばに誠は笑う。
「お前は本気でそういうことを言いよるけん、まっこと、育ちがえいがやにゃ……」
そのとき、胸の底へ押しこんでいた想いが、ふたたび樹の心をざわめかせた。
「どう言うたらえいか、俺にも、ようわからんがやけんど……」
恐る恐る、樹は切り出す。
「お前に、聞いてほしいことがあるがよ」
祥子から聞かされた話を、ぽつりぽつりと誠に伝える。
満州から引き揚げの途中、乳の出ない祥子が
誠は黙って聞いていた。やがて話が終わると、静かな声で言った。
「その赤ん坊が死んだがは、お前のせいやない」
樹をじっと見つめ、労わるような笑みを浮かべる。
「…言うたち、そんな気休めがほしいわけやないわにゃあ……」
樹はうなずく。
正解や慰めがほしいのではない。ただ、吐きだしたかったのだ。
しばらくの間、ふたりは黙って川を見つめていた。
やがて、誠はポケットから煙草の箱を取り出すと、樹に差し出す。
「お前…いつから、そんなモンやっちょうがや?」
樹は思わず大きな声を出した。
まだほんの子どもの時分から、酒は薬でもあるけれど、煙草は毒そのものだと聞かされて育った樹にとって、喫煙は自傷行為も同じだった。
「高校入ってすぐや。前から興味はあったがやけんど、そこいらで
けろりとした顔で答えて、誠は煙草に火をつける。
「いまから煙草らぁ吸うちょったら、肺ガンで死んでまうぞ!」
「バカ言いなや。耕作のお
反論を試みたものの、どうにもことばが出てこない。
そんな樹を、おかしそうに眺めていた誠は、ふいに真顔になった。
『星まわり』ち、知っちょうか?」
樹は首を横に振る。
「ひとの運命はにゃ、星のめぐりあわせで決まるがやと。星まわりのえいヤツは何やったち上手いこといくし。悪いヤツは何やったちいかんゆうこっちゃ」
「そんなん、不公平やいか?」
「そうで。この世は、不公平ながや」
一瞬、誠の目が険しくなる。しかしすぐに、柔らかな色に変っていった。
「ほいでも……なんぼ星まわりのえいヤツじゃち、どもならんこともあるがやにゃ……お前の話聞いちょったら、なんや、救われたような気持ちになったがで……」