第30話 片割れ
文字数 1,170文字
まるで双子のように、同じ感性、価値観、道徳観を持つ者。
何かを見たとき、聞いたとき、同じことを考え、思い、感じられる相手。
つまりは、完全に対等な存在なのだ。
ふたりは、幸弥にはないものを持っている。だからこそ惹かれるのだけれど、それを対等とは呼べない。
「与えられるだけの関係」は、ときに、劣等感に苦しめられる。
亡き父と浩二
入学して間もない、ある日のホームルームで、ひとりずつ自己紹介をすることになった。
「
ひと息にこれだけ言うと、幸弥はさりげなく周囲を見回した。
これといった反応を示す者はいない。ほとんどの生徒が、所在無げにうつむいて、机に置いた自分の手をぼんやりと眺めている。ちゃんと話を聞いていたのかさえ、怪しく思えた。
それでも、幸弥は希望を捨てなかった。中学には、チェスタトンの名を知っている者はいなかったが、ここは、県内各地から秀才が集う大手門高校なのだ。おまけに、読書が趣味と答えた人は大勢いた。そのなかには、チェスタトンを愛読している人もいるかもしれない。
学生時代、亡き父は、この「木曜の男」を片時も離さず持ち歩いていたという。幸弥もまた、何十回となく読み返していた。けれど、どちらかというと理数系が得意な幸弥にとって、今から八十年近くも前に英国で書かれた小説は、あまりに難解だった。だからこそ、読解力のある人間に、この作品について聞いてみたかった。父のことをまったく覚えていない幸弥は、父の愛読書を読み解くことで、父を知りたかったのだ。
幸弥は辛抱強く待ちつづけたが、休み時間になっても、誰も話しかけてこなかった。
教室では、気の合う者同士の小さなグループが次々に結成されていく。放課後になると、幸弥以外の生徒は、ほぼ、誰かしら話し相手を見つけているようだった。
バイトの時間が迫っていた幸弥は、クラスメイトたちが楽しげに談笑する教室を、静かに出ていった。
独りでいることには慣れている。
そもそも、人に好かれるタイプではないのだ。
自分自身に言い聞かせていた幸弥は、はたと気づいた。
中学時代もクラスでは孤立していたけれど、テニス部に行けば、ペアを組む大﨑先輩や徳弘がいた。高校では部活をやらないのだから、親友どころか、ひとりの友人もできないまま、高校生活を終えることになるかもしれない……
暗く冷たい影が、足元からそっと這い上がってくるようだった。