第37話 故郷
文字数 1,041文字
——峠に入ったら、無理にギアを上げんじゃちえい。二速か三速で
耳の奥で、社長の声がする。
——膝をしっかり締めて、腕の力は抜くこと。対向車がはみ出してくることがあるけん、センターには寄りなや。体重移動らぁ気にせんじゃち、曲がる方へ顔を向けさえすりゃ、自然とそっちに体重が乗るけんにゃあ
社長に先導されて二往復したおかげで、峠の形状はしっかり頭に入っている。
あの日の社長の走りを頭に思い描きながら、先の見通せないカーブをひとつひとつ慎重にこなしてゆく。
無事に峠を抜けた誠は、ホッと安堵の息をついた。大役を果たしたような気分で、次の給油ポイントである
ヘルメットを脱ごうとしたとき、肩や二の腕のあたりに違和感を覚えた。知らないうちに力が入っていたのだろうか? 自分で思うよりも緊張していたのかもしれない。
「兄ちゃん、どっから来たが?」
誠の父親くらいの年配の、気の好さそうなスタンドの店員が尋ねてきた。
「
「荷緒ち、どこな?」
誠は殴られたような衝撃を受けた。
一拍の間を置いて、「
「西方からここまで来たがかえ? 兄ちゃん、いくつな?」
「こないだ、十六になったがです」
「ほいたら免許取りたてながやろう? ひとりでよう峠越えたなぁ!」
店員は首をふりふり、感嘆の声を漏らした。
「えらい疲れたろう? ちっくと、なかで休んでいきや」
誠は礼を言って休憩室へ入ると、年季の入ったソファーにどっかりと腰をおろした。
急に身体が重くなって、ソファーごと地の底へ沈んでいくような感覚があった。
ひとりでに、まぶたが閉じていく。
——そりゃ、どこな?
耳の奥から声がする。
(あの
数十キロも離れてしまえば、その名も、存在すらも、知る者はいない。
(分かるか?
暗闇に、次々と顔が浮かぶ。
父、母、祖母、そして保。
あきらめ、いらだち、嘆き、憐れみ、様々な感情を秘めた目が、じっと誠を見据える。
(何が跡取りちや……取るに足らんモンに、いじましくしがみつきよって……)
焼けた鉄を打つごとく、激しく火花を散らした怒りは、睡魔に引きずられるようにして、しだいに冷えてゆく。
そのまま、誠は眠りの底へ沈んでいった。