第91話 後味
文字数 550文字
ハッとなって振り返ると、出入口のドアを半分だけ開けた状態で、なかへ入ろうともせずに、
先ほどの騒動のせいで、楠瀬の存在が頭から消えていた
(何な、こいつ。昨日の仕返しに来たがか?)
とっさにそんな考えが頭に浮かぶ。
くわえ煙草の幸弥に驚いたのか、楠瀬はわずかに目を見開いた。
反射的に、幸弥はまだ吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押しつける。
「別に、私……誰っちゃあ、告げ口しやせんき……」
いかにもバツが悪そうに、楠瀬はすっと目を伏せる。
そんな殊勝ぶった態度が、かえって幸弥の神経を逆なでした。
「何しに来たがや?」
幸弥の
ためらうように、しばらく目を泳がせたあと、ぼそりと言った。
「私、知らざったき……ああいう戦い方も、あるがやち……」
思いもかけないことばに、幸弥は声もなく、ただ呆けたように楠瀬を見やった。
「…そんだけ」
まるで捨て
「へんなヤツ……」
かすかに口元をゆるめて、幸弥がつぶやく。
今まで経験したことのない不思議な後味が、煙草の煙にいぶされた、舌やのどや肺に、ゆっくりと浸透していくようだった。