第94話 硬球
文字数 818文字
部活を終えた帰りみち、わざわざ遠回りして幸弥のバイト先の前を通ったのは、ひと目でいいから顔を見たかったからだ。
故郷の
そのたびに、思いつくかぎりの理由をあげて、自分を納得させてきた。
しかし、今日の部活での些細な出来事が、ごまかしようのない疑念を樹に抱かせたのだった。
「気ぃつけや!」
突然の大声に振り返ると、グラウンドで練習中の野球部員たちが一斉に空を指さしていた。
見上げれば、蒼天にぽつんと小さな丸い影が浮かんでいた。
ラケットを足元に置き、樹は吸い寄せられるように落下地点へ向かった。
予想よりも、球の落ちる速度は速かった。急いで捕球の構えをとろうとしたが、素手であることに気づき、大股で二歩、後ろへ下がった。打球は樹が立っていた位置に落下した。跳ね上がり、ふたたび落ちてきたボールを、指を傷めないように注意しながら捕球した。ずっしりした硬球の重みが、手のひらから全身へと、じんわりと痺れるように伝わってきた。
「グローブも無いに、よう捕ったなぁ」
グラウンドからぽつりぽつりとあがる声を聞きながら、樹は硬球を握りしめた。ゴム製の軟球とは違い、弾力がなく、皮の手触りがやけにつるつるしていた。なんだかすっぽ抜けてしまいそうで、軟球よりも力を込めてボールを握り、数十メートル先の野球部員めがけて思いきり投げた。投球は失速することなく、爽快な音をたててグローブに収まった。
「たまぁるか! えい肩しちょるねや」
感嘆の声に気をよくしたのも
「テニス部らぁ辞めて、ウチへ来たらえいに」
ただの冗談に過ぎないことは分かっている。なのに、今もなお、胸の奥がざわつく。