第95話 硬式テニス
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中学のときの癖で、ついウエスタングリップで握ってしまい、コンチネンタルグリップに握り直す。
入部したてのころ、軟式テニス部あがりの新入部員が最初に課されたのは、中学時代に身につけたグリップやフォームを一から覚え直すことだった。
野球の場合、軟式も硬式もルールはほとんど同じだが、以前に千代子が言っていた通り、硬式テニスと軟式テニスはまったく別の競技なのだ。
サービスの打ちっぱなし練習を抜けて野球部のボールを拾いに行った樹は、先輩たちに一礼して最後尾に並び直した。
三人が一列になって、コートの反対側に置かれたそれぞれのコーンを狙って打つ。
初めのうち、樹はまったく当てることができなかった。得意のフラットサービスで硬球を打つと、まるで野球のフライのように打ち上がり、オーバーアウトしてしまうのだ。
硬式テニスのサービスはスピンをかけるのが基本で、上腕をひねって打つのだと教わったが、そのやり方だと腕の筋や手首を傷めてしまいそうだった。
試行錯誤の結果、腕だけでなく腰を中心にして体全体をひねるようにすればいいことに気づいた。
野球の投球フォームと似ているため、何度か練習するうちに、しっかりと体が覚えこんだ。
最初のうちこそ戸惑ったが、やはり軟式テニスの経験がある者の方が上達は早かった。
樹は手ごたえのある硬式の重い球が気に入り、スマッシュやボレーなど、軟式の後衛ではできなかったプレイの面白さも知った。
ただ一つ想定外だったのはシングルスの選手にされてしまったことだ。
ダブルスに替えてほしいと懇願したが、がた爺と違い、学生時代には国体に出場したほどの腕前を持つ顧問の教師は、『技巧派はダブルス、根性と打力のある者はシングルス』という自身の決めごとを頑として譲らなかった。