第92話 凡人
文字数 1,096文字
てっきり徳弘かと思ったら、電話の主は意外にも
「何な、お前やったがか。こんな遅うに電話よこすな。俺ん
「すまん。なんや急に、お前のことが気になってしもうて、どもならんかったがで……」
樹にしては珍しく、やけに歯切れが悪い。それでいて、語調には何かを確信しているような強さがあった。
(まさかとは思うけんど、「親の勘」ちうヤツで、店の騒動に気づいたがやろうな……)
そんな妄想じみた考えが、幸弥の頭をかすめる。
「最近、どうな? バイトの方は」
まるで幸弥の頭のなかを見透かしたように、樹が問いかける。
「別に……なんちゃない」
自分でも驚くほど、冷淡な声になった。
なぜだか分からないけれど、今夜は妙に、樹を
「ほんまか?」
幸弥の返事を疑うように、樹が
「しつこいな! 父親ヅラすなや」
幸弥は思わず声を荒げた。
受話器の向こうで、樹が息を呑む気配がする。
「大きい声出して、すまん。俺じゃち、疲れちゅうがや……学校終わってから、立ちっぱなしで働いて、家に
言い訳のつもりで口にした愚痴が、掛け金が外れたように、あふれ出して止まらなくなる。
「こないだ、中間テストの順位発表があってなぁ。たまげたでぇ。俺の名前が、ちょうど真ん中ばぁにあったがや。俺ぁ自分のこと、ずっと、優秀じゃち
「凡人やあるかえ! 天下の大手門高校ぞ。高知中の秀才が集まっちょうなかで、真ん中の順位におるがぁ、たいしたモンやいか!」
樹の声にこもった熱が、受話器を通して伝わってくる。
少々くすぐったい気分になった幸弥は、照れ隠しのように軽口をたたいた。
「そいつは、どうも。お
樹が、さらに何か言おうとするのが分かったけれど、幸弥は強引に話を締めくくる。
「ほいたら、忙しいき、もう切るでぇ。朝起きて、学校行って、バイトして、課題やって寝るだけの毎日や。『青春』らぁて、俺には縁のない言葉ぞ」
そう言うなり、樹の返事も待たずに受話器を置いた。
——お前と
ふいに、大﨑の声が聞こえた気がした。
煙草を吸ったあとで、いつまでも口に残るような苦さがこみあげてくる。
大﨑のことばの裏には、「だからこそ、大切にしなければいけない」いう思いが込められていることを、幸弥は知っていた。
知っているのに、どうしても、できなかった。