法廷闘争
文字数 3,094文字
扉を開き、カザルス少将が入ってきた。
「いやはや、痛快至極!殿下のご口上、このカザルス、感銘を受けました」
感動した、と言っているのに、「ああ、感動しなかったんだな」と思わせる言葉だった。
「入室を許可した覚えはないぞ」
マリオンが声を張り上げるが、少将は涼しい顔だ。
「よいではないですか。先ほどまでの話題の大半は、私が調査させた内容だったでしょう?ところで少々小腹が空いたのですが・・・何かいただけますかな」
換気のため窓を開けてからずっと窓際で直立していたフランケンが反応する。
「それでしたら、そちらの棚の中にクッキーらしき菓子包みが入っているようです」
執事は部屋の隅にある戸棚を指さした。
「勝手に教えるな!私のクッキーだ!」
マリオンが身を乗り出した。
「カザルス、貴様、何をしに入ってきた」
「何をしに、と申しますか・・・皆様、お困りの様子でしたので、助け船を出して差し上げようかと」
泥船に決まっている、とサキは思ったが、ここは劇薬に手足が生えているような男に期待する。
「先ほどまでの殿下と皆様のやりとり、盗み聞きさせていただきましたが、どちらのご主張にも頷けない部分がございます」
「どういうところが?」
サキが訊ねると、カザルスは瞑目し、首を揺らしながら、
「殿下はカヤ嬢を無罪に導くために民衆を扇動すると脅しをかけ、逆に評議会の皆様は処刑を迅速に行うため、詳細な調査は不要と仰っています。いずれも法の正しい運用を無視した形で押し通そうとされている」
沈痛な表情で、カザルスは肩をすくめる。
「この私は、前々から思っているのです。目的を果たすために手段を選ばない、という発想は間違っていると」
お前が言うな、という視線が場の全員から注がれた。
「正しい道のりを歩み、正しい結果にたどりついてこそ、納得と満足を得られるものと私は考えるのです」
「貴公に道徳を教わるつもりはない」
イオナが遮った。
「この状況で、何をどうしろと言いたいのだ」
「正々堂々といきましょう」
カザルスは両手を広げ、手のひらをいっぱいに開く。
「摂政殿下に、カヤ嬢を無実と証明できる材料を探していただくのです。期間を定めて証拠だの証言だのを集め、お三方の前で開示していただく。要は、通常の裁判で弁護人がする役割を殿下が担当されるわけですな」
「その場合、有罪無罪の判断は誰が下すんだよ」
サキはくだけた口調に戻る。
「それは、通常通り評議員の皆様に行っていただきます」
「不公平じゃないか?」
「法律上、判決を下す権限が評議員に委ねられております事実を考えると、そこを弄くるのは難しいと思われます。ただし、先ほど殿下が予告されたのと同じく、有罪無罪の主張内容は新聞記者に伝えてよいものとします」
つまり強引な判決は下しようがない。新聞記者と民衆が、不公平な裁判の抑止力となるわけか。
理には適っているのだが、自分の発想を巧妙に流用されたみたいで、サキは、あまり愉快ではない。
「証拠集めとやらに、どれだけ時間をかけるつもりかな」
ゼマンコヴァの質問に、カザルスは即座に答えた。
「とりあえず一週間後を期限としましょう。その時点で殿下からは無罪の主張となる証拠が何一つ提出されなければ、有罪を確定させればよろしい。証拠が提出された場合、それが疑いようのない無実の証明であれば、良識に従って判断を下していただく他にありません。疑う余地が残る証拠であれば、それはそのときのこと」
カザルスは苦悩する振りをするように身をのけぞらせた。
「その後も調査を続けるかどうか、改めて話し合うことにいたしましょう」
「それでは、何時頃までに片づくか確定しないではないか」
イオナが不機嫌そうに唇をかむ。
「マリオン委員は、この事件は反乱に類するものだと見解を述べられた。ゆえに迅速に処理するべきと言う話だったはずだ」
その反論を待っていた、とばかりにカザルスは瞳を光らせる。
「これが反乱だというのであれば、逆に時間をかけるべきでしょう。カヤ嬢は遺産目的ではなく、革命軍とつながりを持っていて犯行に及んだのかもしれません。じっくり尋問を行って、同士の有無を調べるべきです」
マリオンが苦虫を噛みつぶしている。反乱云々はサキの意気を挫くためのでまかせに過ぎなかったのだろう。いい気味だ、と笑うサキを、カザルスの視線がとらえた。
「代わりといっては何ですが、殿下にもお約束いただきたい。カヤ嬢の有罪が否定しようもないほど確実になった場合、先ほど予告されたような民衆への扇動は控えていただきたいのです」
「その場合は、仕方がない」
サキは頷いた。本当にカヤがしでかした犯罪なら、民衆を巻き込むつもりはない。自分で責任をとるべきだ。減刑の嘆願くらいはするかもしれないが。
「私からの提案は、以上です。双方、異論はございませんか」
サキは少将の端正な横顔を睨んだ。歓迎すべき展開だけど、こいつが中立の裁定者みたいな立場に収まっているのは気に食わない。
「そうするしかなさそうだのう」
ゼマンコヴァがせき込みながら言う。
「よろしいか?マリオン評議員、イオナ評議員」
「やむを得まい」
イオナも同意した。マリオンはどうしても折れたくなかったのか歯をしばらく食いしばっていたが、観念したのか、無言で頷いた。
サキは確認すべき内容を急いで取り出した。
「忘れるところだった。いばら荘で発見した暗号、あれは解読できたのか」
「ああ、あの暗号文!」
カザルスがわざとらしく大声を出した。
「担当者に確認したところ、間違いなく、議長の申請により印刷されたものであると判明しました。専門家に見せましたが、残念ながら鍵がわからないと直ちに解読はできないとの話でして………面目ありません」
本当かな、とサキは疑いながら、
「もし内容がわかったら、こちらにも教えて欲しい」
「当然の権利でしょうな」
まだ無言のマリオンに目配せしながら、ゼマンコヴァが答える。
「それでは、こちらからもお願いしたい。新聞記者へ公平な情報を伝えるために、本来、評議員には禁止されている情報漏洩を、特例として認めていただけますかな」
「それも当然ですね」
サキは頷いた。
「法令上の処理は、そちらでお願いできますか」
「では一週間後にお会いしましょう」
カザルスが深々とサキに頭を下げる。
「互いに討議を尽くし、誰もが納得できる裁決が下ることを期待しております」
冬宮を後にしたサキは、早速待ちかまえていた新聞戦車たちに評議会での取り決めを伝えた。当初は問答無用でカヤを処刑する予定だったという話については、ニュアンスを柔らかくして伝える。本当に民衆を扇動するつもりはないからだ。経緯を細かく伝えていく内に、新聞戦車たちの表情が興奮に輝き始めるのが分かった。この手応えなら、本日中に号外がケイン全体にばらまかれることだろう。彼らがちゃんとした―――全国に販路を有する―――新聞社にも伝を持っていれば、二・三日で国中に広まるはずだ。
「お見事でした。ぼっちゃま殿下」
摂政府への帰途、フランケンの賞賛が胸に快かった。
「いやあ、こんなに物事が上手く進んだ経験は、生まれて始めてだ。心底うれしい。喜んでばかりもいられないけどね」
「そうですな。大問題がございますな」
サキは執事と顔を見合わせる。
大問題。
それは、カヤを無罪にする材料について、現状では全く、かけらも心当たりがないことだ。
「いやはや、痛快至極!殿下のご口上、このカザルス、感銘を受けました」
感動した、と言っているのに、「ああ、感動しなかったんだな」と思わせる言葉だった。
「入室を許可した覚えはないぞ」
マリオンが声を張り上げるが、少将は涼しい顔だ。
「よいではないですか。先ほどまでの話題の大半は、私が調査させた内容だったでしょう?ところで少々小腹が空いたのですが・・・何かいただけますかな」
換気のため窓を開けてからずっと窓際で直立していたフランケンが反応する。
「それでしたら、そちらの棚の中にクッキーらしき菓子包みが入っているようです」
執事は部屋の隅にある戸棚を指さした。
「勝手に教えるな!私のクッキーだ!」
マリオンが身を乗り出した。
「カザルス、貴様、何をしに入ってきた」
「何をしに、と申しますか・・・皆様、お困りの様子でしたので、助け船を出して差し上げようかと」
泥船に決まっている、とサキは思ったが、ここは劇薬に手足が生えているような男に期待する。
「先ほどまでの殿下と皆様のやりとり、盗み聞きさせていただきましたが、どちらのご主張にも頷けない部分がございます」
「どういうところが?」
サキが訊ねると、カザルスは瞑目し、首を揺らしながら、
「殿下はカヤ嬢を無罪に導くために民衆を扇動すると脅しをかけ、逆に評議会の皆様は処刑を迅速に行うため、詳細な調査は不要と仰っています。いずれも法の正しい運用を無視した形で押し通そうとされている」
沈痛な表情で、カザルスは肩をすくめる。
「この私は、前々から思っているのです。目的を果たすために手段を選ばない、という発想は間違っていると」
お前が言うな、という視線が場の全員から注がれた。
「正しい道のりを歩み、正しい結果にたどりついてこそ、納得と満足を得られるものと私は考えるのです」
「貴公に道徳を教わるつもりはない」
イオナが遮った。
「この状況で、何をどうしろと言いたいのだ」
「正々堂々といきましょう」
カザルスは両手を広げ、手のひらをいっぱいに開く。
「摂政殿下に、カヤ嬢を無実と証明できる材料を探していただくのです。期間を定めて証拠だの証言だのを集め、お三方の前で開示していただく。要は、通常の裁判で弁護人がする役割を殿下が担当されるわけですな」
「その場合、有罪無罪の判断は誰が下すんだよ」
サキはくだけた口調に戻る。
「それは、通常通り評議員の皆様に行っていただきます」
「不公平じゃないか?」
「法律上、判決を下す権限が評議員に委ねられております事実を考えると、そこを弄くるのは難しいと思われます。ただし、先ほど殿下が予告されたのと同じく、有罪無罪の主張内容は新聞記者に伝えてよいものとします」
つまり強引な判決は下しようがない。新聞記者と民衆が、不公平な裁判の抑止力となるわけか。
理には適っているのだが、自分の発想を巧妙に流用されたみたいで、サキは、あまり愉快ではない。
「証拠集めとやらに、どれだけ時間をかけるつもりかな」
ゼマンコヴァの質問に、カザルスは即座に答えた。
「とりあえず一週間後を期限としましょう。その時点で殿下からは無罪の主張となる証拠が何一つ提出されなければ、有罪を確定させればよろしい。証拠が提出された場合、それが疑いようのない無実の証明であれば、良識に従って判断を下していただく他にありません。疑う余地が残る証拠であれば、それはそのときのこと」
カザルスは苦悩する振りをするように身をのけぞらせた。
「その後も調査を続けるかどうか、改めて話し合うことにいたしましょう」
「それでは、何時頃までに片づくか確定しないではないか」
イオナが不機嫌そうに唇をかむ。
「マリオン委員は、この事件は反乱に類するものだと見解を述べられた。ゆえに迅速に処理するべきと言う話だったはずだ」
その反論を待っていた、とばかりにカザルスは瞳を光らせる。
「これが反乱だというのであれば、逆に時間をかけるべきでしょう。カヤ嬢は遺産目的ではなく、革命軍とつながりを持っていて犯行に及んだのかもしれません。じっくり尋問を行って、同士の有無を調べるべきです」
マリオンが苦虫を噛みつぶしている。反乱云々はサキの意気を挫くためのでまかせに過ぎなかったのだろう。いい気味だ、と笑うサキを、カザルスの視線がとらえた。
「代わりといっては何ですが、殿下にもお約束いただきたい。カヤ嬢の有罪が否定しようもないほど確実になった場合、先ほど予告されたような民衆への扇動は控えていただきたいのです」
「その場合は、仕方がない」
サキは頷いた。本当にカヤがしでかした犯罪なら、民衆を巻き込むつもりはない。自分で責任をとるべきだ。減刑の嘆願くらいはするかもしれないが。
「私からの提案は、以上です。双方、異論はございませんか」
サキは少将の端正な横顔を睨んだ。歓迎すべき展開だけど、こいつが中立の裁定者みたいな立場に収まっているのは気に食わない。
「そうするしかなさそうだのう」
ゼマンコヴァがせき込みながら言う。
「よろしいか?マリオン評議員、イオナ評議員」
「やむを得まい」
イオナも同意した。マリオンはどうしても折れたくなかったのか歯をしばらく食いしばっていたが、観念したのか、無言で頷いた。
サキは確認すべき内容を急いで取り出した。
「忘れるところだった。いばら荘で発見した暗号、あれは解読できたのか」
「ああ、あの暗号文!」
カザルスがわざとらしく大声を出した。
「担当者に確認したところ、間違いなく、議長の申請により印刷されたものであると判明しました。専門家に見せましたが、残念ながら鍵がわからないと直ちに解読はできないとの話でして………面目ありません」
本当かな、とサキは疑いながら、
「もし内容がわかったら、こちらにも教えて欲しい」
「当然の権利でしょうな」
まだ無言のマリオンに目配せしながら、ゼマンコヴァが答える。
「それでは、こちらからもお願いしたい。新聞記者へ公平な情報を伝えるために、本来、評議員には禁止されている情報漏洩を、特例として認めていただけますかな」
「それも当然ですね」
サキは頷いた。
「法令上の処理は、そちらでお願いできますか」
「では一週間後にお会いしましょう」
カザルスが深々とサキに頭を下げる。
「互いに討議を尽くし、誰もが納得できる裁決が下ることを期待しております」
冬宮を後にしたサキは、早速待ちかまえていた新聞戦車たちに評議会での取り決めを伝えた。当初は問答無用でカヤを処刑する予定だったという話については、ニュアンスを柔らかくして伝える。本当に民衆を扇動するつもりはないからだ。経緯を細かく伝えていく内に、新聞戦車たちの表情が興奮に輝き始めるのが分かった。この手応えなら、本日中に号外がケイン全体にばらまかれることだろう。彼らがちゃんとした―――全国に販路を有する―――新聞社にも伝を持っていれば、二・三日で国中に広まるはずだ。
「お見事でした。ぼっちゃま殿下」
摂政府への帰途、フランケンの賞賛が胸に快かった。
「いやあ、こんなに物事が上手く進んだ経験は、生まれて始めてだ。心底うれしい。喜んでばかりもいられないけどね」
「そうですな。大問題がございますな」
サキは執事と顔を見合わせる。
大問題。
それは、カヤを無罪にする材料について、現状では全く、かけらも心当たりがないことだ。