危うい賭け
文字数 1,778文字
「お団子が縦に4列、横に同じ数、計16個並んでいるとします。そして4本の串がある。団子を兵士、串をーそうですね、指揮、いや「命令の流れ」とでもしておきましょうか。この串を、縦に突き刺すのが『縦列』横に通すのが『横列』です」
お腹がすいたなあ。 サキが8歳の頃から開始された、軍事学講義の一コマ。担当教師は例えとしてよく食べ物を使う人で、確かに分かりやすいのだけれど、昼前の授業では集中力が途切れてしまうので困りものだった。
「つまり4かける4の団子は同じでも、命令の方向によって戦い方が変わってくるのです。横列は正確さを重んじた隊形で、攻めてくる相手をマスケットで迎え撃つのに便利。縦列は素早さ重視で敵陣へ突撃するときや強行軍に役立つ形です」
想像で団子を動かしながら混乱するサキを見て、先生はうすく笑っていた。
現在、サキは前線に並ぶ数百の串団子を眺めている。双眼鏡に映るのはマスケットを抱えた兵士たち。単純化された家庭教師の説明とは異なり、実戦の横列は三本が一組となって働く。
先頭の串に属する兵士は、銃口の横に銃剣を装着し、立て膝の姿勢をとる。二列目と三列目は直立し、各々前の兵士の邪魔にならない角度でマスケットを構える。
指揮官が命じると、各列の、およそ三分の一の銃口から炎が放たれる手はずだ。同時に引き金を引かないのは、弾込めの間隔が計算に入っているからだ。同じ串の中で隣同士の兵士は同時に射撃しない、というように、即射可能な兵士を常時確保する。陣型は効率性を考慮して編制されるものだが、ほころびが生まれるのも不可避であるため、その穴を塞ぐ配慮も要求される。
最前線のマスケットに銃剣が装備さえているのも、同じ理由。弾幕をくぐり抜けてきた敵兵と斬り結ぶためだ。
教科書の挿し絵同様に整然と並ぶ横列。
前方に広がる自軍を見渡しながら、けれどもサキは不審を拭えなかった。
「フェルミ大佐」
布陣図とにらめっこしていたフェルミは、話しかけられて露骨に迷惑そうな顔をした。
「何です?」
「…陣型について、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「断っておきますが、おかざりの殿下に命令権はありませんからね?」
「…ほんとに質問だけだよ」
もっと丁重に断れよ、といらつきながらサキは布陣図を指差した。
このアーカベルグ平原で革命軍を迎え撃つ王国選抜民兵軍は七カ所に配置されている。
まず盆地の西端に陣取っているのが、歩兵三個大隊千五百名。彼らは三列の横隊を組み、敵軍の侵入に対して蓋の役割を担う。
その後方に、同じく横隊の一個大隊。これは蓋が破られた際の補充役だ。
さらに後方にサキとフェルミの本陣がある。兵数は五百の方陣だ。
その北東と南東にそれぞれ縦列の二個大隊と虎の子の正規軍騎兵中隊二百五十騎が控え、大砲九門が両端を飾る。非戦闘員を除くと合計五千。一万五千の革命軍を相手取るには、かなり厳しい戦力だ。
むろん二倍以上の敵軍を粉みじんにするのがこの五千の役目ではないのだが、それでもそら寒い兵力差だ。
だから陣立てに工夫を巡らせ、劣勢を繕う必要があるはずだが――
色々と、おかしい部分が見受けられるのだ。
まず最前線。横列が渓谷の入り口から離れた位置にあるため、完全には蓋の意味を成さない。熟練の騎馬部隊ならば、無傷のまま横列を回り込み、本陣に突撃をかけることも不可能ではなさそうだ。
加えて、北と南の丘陵にも敵軍が陣を構えていると報告を受けている。これらが同時に襲い掛かってきた場合、この本陣は包囲されるかもしれない。
その場合他の兵力で本陣を守るしかないが、両翼の縦列は本陣より後方に配置されているため、救援が間に合わないかもしれない。
「そりゃあ、わざとですから」
その辺りを指摘されたフェルミは、しかし平然と言う。
「むこうが攻めやすいように、わざと隙をつくっているんです。騎兵でこっちの横列を回り込んで来るのが、一番ありがたいですね。縦列とこちらの騎兵で、挟んでしまえる」
「…それって、相当危なくないか」
とくに僕が、と言いかけてサキは止める。
この本陣にいる、全員がそうなるからだ。
見透かすように、フェルミは苦笑いする。
「説明、あったでしょう?殿下には命をかけてもらうって」
お腹がすいたなあ。 サキが8歳の頃から開始された、軍事学講義の一コマ。担当教師は例えとしてよく食べ物を使う人で、確かに分かりやすいのだけれど、昼前の授業では集中力が途切れてしまうので困りものだった。
「つまり4かける4の団子は同じでも、命令の方向によって戦い方が変わってくるのです。横列は正確さを重んじた隊形で、攻めてくる相手をマスケットで迎え撃つのに便利。縦列は素早さ重視で敵陣へ突撃するときや強行軍に役立つ形です」
想像で団子を動かしながら混乱するサキを見て、先生はうすく笑っていた。
現在、サキは前線に並ぶ数百の串団子を眺めている。双眼鏡に映るのはマスケットを抱えた兵士たち。単純化された家庭教師の説明とは異なり、実戦の横列は三本が一組となって働く。
先頭の串に属する兵士は、銃口の横に銃剣を装着し、立て膝の姿勢をとる。二列目と三列目は直立し、各々前の兵士の邪魔にならない角度でマスケットを構える。
指揮官が命じると、各列の、およそ三分の一の銃口から炎が放たれる手はずだ。同時に引き金を引かないのは、弾込めの間隔が計算に入っているからだ。同じ串の中で隣同士の兵士は同時に射撃しない、というように、即射可能な兵士を常時確保する。陣型は効率性を考慮して編制されるものだが、ほころびが生まれるのも不可避であるため、その穴を塞ぐ配慮も要求される。
最前線のマスケットに銃剣が装備さえているのも、同じ理由。弾幕をくぐり抜けてきた敵兵と斬り結ぶためだ。
教科書の挿し絵同様に整然と並ぶ横列。
前方に広がる自軍を見渡しながら、けれどもサキは不審を拭えなかった。
「フェルミ大佐」
布陣図とにらめっこしていたフェルミは、話しかけられて露骨に迷惑そうな顔をした。
「何です?」
「…陣型について、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「断っておきますが、おかざりの殿下に命令権はありませんからね?」
「…ほんとに質問だけだよ」
もっと丁重に断れよ、といらつきながらサキは布陣図を指差した。
このアーカベルグ平原で革命軍を迎え撃つ王国選抜民兵軍は七カ所に配置されている。
まず盆地の西端に陣取っているのが、歩兵三個大隊千五百名。彼らは三列の横隊を組み、敵軍の侵入に対して蓋の役割を担う。
その後方に、同じく横隊の一個大隊。これは蓋が破られた際の補充役だ。
さらに後方にサキとフェルミの本陣がある。兵数は五百の方陣だ。
その北東と南東にそれぞれ縦列の二個大隊と虎の子の正規軍騎兵中隊二百五十騎が控え、大砲九門が両端を飾る。非戦闘員を除くと合計五千。一万五千の革命軍を相手取るには、かなり厳しい戦力だ。
むろん二倍以上の敵軍を粉みじんにするのがこの五千の役目ではないのだが、それでもそら寒い兵力差だ。
だから陣立てに工夫を巡らせ、劣勢を繕う必要があるはずだが――
色々と、おかしい部分が見受けられるのだ。
まず最前線。横列が渓谷の入り口から離れた位置にあるため、完全には蓋の意味を成さない。熟練の騎馬部隊ならば、無傷のまま横列を回り込み、本陣に突撃をかけることも不可能ではなさそうだ。
加えて、北と南の丘陵にも敵軍が陣を構えていると報告を受けている。これらが同時に襲い掛かってきた場合、この本陣は包囲されるかもしれない。
その場合他の兵力で本陣を守るしかないが、両翼の縦列は本陣より後方に配置されているため、救援が間に合わないかもしれない。
「そりゃあ、わざとですから」
その辺りを指摘されたフェルミは、しかし平然と言う。
「むこうが攻めやすいように、わざと隙をつくっているんです。騎兵でこっちの横列を回り込んで来るのが、一番ありがたいですね。縦列とこちらの騎兵で、挟んでしまえる」
「…それって、相当危なくないか」
とくに僕が、と言いかけてサキは止める。
この本陣にいる、全員がそうなるからだ。
見透かすように、フェルミは苦笑いする。
「説明、あったでしょう?殿下には命をかけてもらうって」