戦場へ
文字数 3,924文字
出立の時刻になった。
摂政府の外には馬車が待っている。
これからケインの北西を走るデジレ街道へ向かい、そこで選抜民兵軍と合流した後アーカベルグへ移動するのだ。
この後に及んでも、父は顔を出さない。代わりにフランケンをはじめとする黒繭家の使用人たちが正門まで見送りにやって来た。カヤも来てくれるかと期待していたが、見当たらなかった。彼女も貴族の娘だ。父親の意向で先に避難したのだろう。
姉に伝えるべき言葉が残っていた。
「姉上、さっき少将を脅していた話ですが、僕が帰ってこなかったとして、姉上が仕返しをするのは別にいいと思いますけど」
「はい」
「どうかその後、姉上が薬を飲むとか、そういうのは無しでお願いします」
常日頃、サキの言葉に動揺することは少ない姉の瞼が、数回瞬いた。
「……ありがとう、サキ。驚きました。」
口元が、愉快そうに綻んだ。
「その心遣いは、あなたの宝かもしれません。戦場の武器になるかもしれません」
妙な持ち上げ方をされている、とサキはまたしてもくすぐったかった。むしろ、殺し殺される場面では邪魔な心ではないだろうか。
デジレ街道にさしかかった馬車は、整然と並ぶ選抜民兵の敬礼に出迎えられた。お飾りの身とはいえ、これが自分に向けられたものだと思うとサキは面映ゆい。さらに気後れさせられたのは、大将のためにあつらえられた指揮車のやりすぎとも言える豪華さだった。
大理石から彫り出したような白馬2頭。ツタの意匠をあしらった白銀の鎖に、黄金の車軸。
座席は縁地色に染め上げた信じられないくらい肌触りのよい何かの毛皮で、青銅の天蓋には、手を取り合う天使の透かし彫り。
これも特注じゃないだろうな、とサキはげんなりする。だとしたら、どんな壮大ないやがらせだ。
「お気にめしませんかな。しかし的には最適ですよ」
鈍い動作で乗り込むサキに、カザルスは人の悪すぎる笑みを浮かべた。
不遜にも少将は指揮車に寄りかかり、天蓋をからからと小突く。
「…まったく、世の中なんて偽りだな。君主なんてただの幻で、将軍たちのいいように使われるだけか」
「殿下、私個人からお礼を申し上げます」
「…何で?」
これまで耳にしたのと変わらない誠意の抜けた声色だったが、「個人から」という言い回しがひっかかる。
「出陣を引き受けてくださったことにです。あなたはご自身を幻とおっしゃる。しかし幻とは眼に見えるものですから、透明な実体よりも余程役に立つ場合がある。それが今です。おかげで、起死回生の策を動かす算段がつきました。私は評議会の方々とは違う。やられっぱなしなど我慢できません」
カザルスは封筒をサキに示す。
「私はこれより、北方の正規軍に合流します。何が起こるかは、中身をご覧ください」
戦場で駆る愛馬なのだろうか。たてがみが切り絵のように荒々しい葦毛にまたがり、
「ご武運を」とだけ告げて後方へ消えた。
「…ご武運を…」
わけがわからず、サキは封書を開く。例の暗号文書だ。法則にしたがって読みとることができる。
正気ではない。
それがカザルスの「起死回生の策」とやらを読んだ最初の印象だった。
サキへの要求は変わらない。やはり、突っ立っているだけで問題ないのだ。しかし…頭がおかしい。こんな狂気の沙汰を、許容しろというのか。
だけど―――
この期に及んでなお、サキは信じてみたくなった。評議会も、カザルスも九分九厘信頼できないが、針の先程度の誠意が残っている。
少なくとも解読方法は―――わざわざ変換してくれたのだから。
誰の合図なのか、ゆるやかに行進が始まった。すくなくともサキの意志ではない。御者も黙って馬に鞭を入れた。
お飾りという実状が身にしみてわかる。
この車は広すぎて落ち着かない、と思っていると、一人の将官が乗り込んでくれた。あまり熱心には手入れしていない金髪に、広い肩。大きな口に八重歯が若々しいが、目元は落ち着いているので、四十がらみか。
縁の赤い眼鏡はあまり似合っていないな、とサキがぼんやりと観察を続けていると、
「あー、忘れてた」
赤眼鏡はサキの方を向き、大げさに目を丸くした。
「フェルミ大佐。この師団の指揮をつとめます」
「……よ、よろしくお願いします」
すこし縮こまるサキに、フェルミは眉根を寄せた。
「困りますな殿下。大将たる者、もっとしゃんとしていただかなくては」
「そう言われてもね…僕は若造ですよ。あなたたちのようなごつい軍人にいばるなんて、とても」
今更カザルスや評議員に遠慮するつもりはないサキだったが、彼らの配下にまでは、どう接していいか迷う。
「威張って下さい。格好だけでも立派にしてもらわないと、おかざりは成り立ちません」
フェルミは球を転がすように肩をくゆらせる。ちくちくと勘に触る態度だ。そう気長なわけでもないサキは、遠慮をかなぐり捨てた。
「いばれってだけで、敬意は払ってくれないんだな」
父親に近い年かさの将官を、軽蔑の眼差しで見据える。かざりの僕なしではやっていけないとしたら、こいつらは僕以下じゃないか。
「敬って欲しいですか?んじゃそこらのばかガキと違うってところ、見せて下さいよ」
フェルミは大きくのびをする。くつろいだ様だ。この将官は実戦経験に恵まれているのだろうか?サキは訝しむ。
「この師団の民兵どもは、カシュやアーランドに家があるやつらがほとんどですから、家族や畑を守ろうとやる気になってます。ところが肝心の大将様の様子ときたら」
表情がくるくると動くので、眼鏡がずれ落ちる。人差し指を鼻に伸ばし押さえながら、にかっと笑う。
「継ぎたくもない旅館をしぶしぶ手伝う若旦那みたいなしけた面。志気にかかわるんですよ、はっきり言って」
心情を見透かされた気がして、サキは赤面した。
何か言い返してやろうとも考えたが、吐き出されるのは子供の不平不満ばかりになりそうだ。
歯をかみしめ、こらえる。フェルミは肩をゆらしながら反応を待っている。
息を整える。着慣れない軍服をまとったせいで、身体の感覚がにぶくなっていたようだ。
座席にだってだらしなくもたれかかっている。これはよくない。背筋を意識。肩を後
ろに引く。明るい表情をつくるため、寄せていた眉を軽く、ゆっくりと広げる。
身だしなみの極意。フランケンが、口喧しく教えてくれたものだ。そう、それがよろしゅうございますな。良い調子のとき、坊っちゃまは本当に綺麗な瞳をされます。具合が悪いときは、澱を煮詰めたみたいですが」
……さっきまでは、そんな瞳をしていたのだろうか。しかし、これを実行すれば自分は見違えるはずだ。
肖像画家の前に立つように、ひるまず、しかし決して驕らず、控えめに気高さをまとう。
「どうだ」フェルミに感想を聞いた。
相手はあごをぽりぽりと撫でる。
「すみません。さっきと何が違うんで?」
……くじけそうだ。
「気、張りなよー。背筋、ちゃんと伸ばしてねー」
驚いて、サキは隣を見た。
ぼろ布の中に、カヤが身を丸めている。
「何で、いるの」
「じゅうぐんがか」
「従軍画家?そんなのは女の子の仕事じゃないだろっ」
「戦場にだって女はいるじゃん。酒保女とかー」
「酒保女が前線に出るか!危ない。兵士なんて動物同然だぞ?敵だけじゃない、味方だって……」
「殿下、その動物どもに聞こえます」
フェルミが口をはさむ。
「その嬢ちゃんなら安全ですよ。そのどろどろ具合、ついさっきまで男だと思ってた
くらいです」
「ありがとー」
「誉められてない。まったく正気かよ。これは遊びじゃないんだぞ」
「遊びで描くことなんて一度もない」
自称従軍画家は、ふいに真顔をつくる。
少女の周囲にだけ、行軍とは別種の冷えた空気が漂った。
「サキは、この新聞見た?」
カヤが衣服の一部なのか手提げなのかわからない布の固まりから差し出したのは、日付が今朝の「アーカベルグの虹」この地方で発行されている新聞だ。
紙質はさほど上質ではないが、印字と版画の鮮明さが売りの一つ。本日は、馬上で勇ましく剣を振り上げるサキの姿が一面を飾っている。
「なかなか似てるよね。サキはこんな格好、したことないのに、よく知ってるわたしでも似てると感じる。この原版、間近で眺めたことのある人しかつくれないよ」
少女の目がフードに隠れた。
「多分、おとうさん」
サキはそれほど哀しくはなかった。
「そっか、先生か」
原画は、どのくらい前に用意されたものなのか。計算する気力は、すでにない。
ひょっとしてそれで――――カヤは義憤を覚えて、自分に同行してくれるだろうか。
「付いて来る気もないなんて、お父さんは怠慢」
「んっ」
「見てもいないサキの勇姿を捏造するよりもさー、戦場でみじめに無様に死んでいくサキを描ききる方が、題材への敬意だと思うんだよねー」
「……ああ、そういう倫理感ね…」
やっぱりこの子は、違う法律の生き物だ。
しげしげと少女を眺めた後で、サキは別の思考にたどり着いた。
カヤはそのつもりだとしても、父親はどうなのだろう。フェルミが平然としているということは、カヤの従軍は正式に認められているはずだけれど、こんな無茶を、先生はよく許したものだ。
画家の娘なのだから、画業にのめり込むのは父親にとっても喜ばしいこと。意欲と才能に恵まれた、自慢の娘。
そう考えていたが、もしかして違うのではないだろうか。
「カヤ」
「おう、面白い顔。描かせてよ」
「ぼくら、生きて帰った方がいいな」
「当たり前じゃんそんなの。脳みそ、止まったの?」
本当にわかってないのか?サキは訝しむ。人間の深さとか、十四の自分には、とても計れない。
「その顔も面白い」
そう言って、絵描きの少女は忙しく筆を操った。
摂政府の外には馬車が待っている。
これからケインの北西を走るデジレ街道へ向かい、そこで選抜民兵軍と合流した後アーカベルグへ移動するのだ。
この後に及んでも、父は顔を出さない。代わりにフランケンをはじめとする黒繭家の使用人たちが正門まで見送りにやって来た。カヤも来てくれるかと期待していたが、見当たらなかった。彼女も貴族の娘だ。父親の意向で先に避難したのだろう。
姉に伝えるべき言葉が残っていた。
「姉上、さっき少将を脅していた話ですが、僕が帰ってこなかったとして、姉上が仕返しをするのは別にいいと思いますけど」
「はい」
「どうかその後、姉上が薬を飲むとか、そういうのは無しでお願いします」
常日頃、サキの言葉に動揺することは少ない姉の瞼が、数回瞬いた。
「……ありがとう、サキ。驚きました。」
口元が、愉快そうに綻んだ。
「その心遣いは、あなたの宝かもしれません。戦場の武器になるかもしれません」
妙な持ち上げ方をされている、とサキはまたしてもくすぐったかった。むしろ、殺し殺される場面では邪魔な心ではないだろうか。
デジレ街道にさしかかった馬車は、整然と並ぶ選抜民兵の敬礼に出迎えられた。お飾りの身とはいえ、これが自分に向けられたものだと思うとサキは面映ゆい。さらに気後れさせられたのは、大将のためにあつらえられた指揮車のやりすぎとも言える豪華さだった。
大理石から彫り出したような白馬2頭。ツタの意匠をあしらった白銀の鎖に、黄金の車軸。
座席は縁地色に染め上げた信じられないくらい肌触りのよい何かの毛皮で、青銅の天蓋には、手を取り合う天使の透かし彫り。
これも特注じゃないだろうな、とサキはげんなりする。だとしたら、どんな壮大ないやがらせだ。
「お気にめしませんかな。しかし的には最適ですよ」
鈍い動作で乗り込むサキに、カザルスは人の悪すぎる笑みを浮かべた。
不遜にも少将は指揮車に寄りかかり、天蓋をからからと小突く。
「…まったく、世の中なんて偽りだな。君主なんてただの幻で、将軍たちのいいように使われるだけか」
「殿下、私個人からお礼を申し上げます」
「…何で?」
これまで耳にしたのと変わらない誠意の抜けた声色だったが、「個人から」という言い回しがひっかかる。
「出陣を引き受けてくださったことにです。あなたはご自身を幻とおっしゃる。しかし幻とは眼に見えるものですから、透明な実体よりも余程役に立つ場合がある。それが今です。おかげで、起死回生の策を動かす算段がつきました。私は評議会の方々とは違う。やられっぱなしなど我慢できません」
カザルスは封筒をサキに示す。
「私はこれより、北方の正規軍に合流します。何が起こるかは、中身をご覧ください」
戦場で駆る愛馬なのだろうか。たてがみが切り絵のように荒々しい葦毛にまたがり、
「ご武運を」とだけ告げて後方へ消えた。
「…ご武運を…」
わけがわからず、サキは封書を開く。例の暗号文書だ。法則にしたがって読みとることができる。
正気ではない。
それがカザルスの「起死回生の策」とやらを読んだ最初の印象だった。
サキへの要求は変わらない。やはり、突っ立っているだけで問題ないのだ。しかし…頭がおかしい。こんな狂気の沙汰を、許容しろというのか。
だけど―――
この期に及んでなお、サキは信じてみたくなった。評議会も、カザルスも九分九厘信頼できないが、針の先程度の誠意が残っている。
少なくとも解読方法は―――わざわざ変換してくれたのだから。
誰の合図なのか、ゆるやかに行進が始まった。すくなくともサキの意志ではない。御者も黙って馬に鞭を入れた。
お飾りという実状が身にしみてわかる。
この車は広すぎて落ち着かない、と思っていると、一人の将官が乗り込んでくれた。あまり熱心には手入れしていない金髪に、広い肩。大きな口に八重歯が若々しいが、目元は落ち着いているので、四十がらみか。
縁の赤い眼鏡はあまり似合っていないな、とサキがぼんやりと観察を続けていると、
「あー、忘れてた」
赤眼鏡はサキの方を向き、大げさに目を丸くした。
「フェルミ大佐。この師団の指揮をつとめます」
「……よ、よろしくお願いします」
すこし縮こまるサキに、フェルミは眉根を寄せた。
「困りますな殿下。大将たる者、もっとしゃんとしていただかなくては」
「そう言われてもね…僕は若造ですよ。あなたたちのようなごつい軍人にいばるなんて、とても」
今更カザルスや評議員に遠慮するつもりはないサキだったが、彼らの配下にまでは、どう接していいか迷う。
「威張って下さい。格好だけでも立派にしてもらわないと、おかざりは成り立ちません」
フェルミは球を転がすように肩をくゆらせる。ちくちくと勘に触る態度だ。そう気長なわけでもないサキは、遠慮をかなぐり捨てた。
「いばれってだけで、敬意は払ってくれないんだな」
父親に近い年かさの将官を、軽蔑の眼差しで見据える。かざりの僕なしではやっていけないとしたら、こいつらは僕以下じゃないか。
「敬って欲しいですか?んじゃそこらのばかガキと違うってところ、見せて下さいよ」
フェルミは大きくのびをする。くつろいだ様だ。この将官は実戦経験に恵まれているのだろうか?サキは訝しむ。
「この師団の民兵どもは、カシュやアーランドに家があるやつらがほとんどですから、家族や畑を守ろうとやる気になってます。ところが肝心の大将様の様子ときたら」
表情がくるくると動くので、眼鏡がずれ落ちる。人差し指を鼻に伸ばし押さえながら、にかっと笑う。
「継ぎたくもない旅館をしぶしぶ手伝う若旦那みたいなしけた面。志気にかかわるんですよ、はっきり言って」
心情を見透かされた気がして、サキは赤面した。
何か言い返してやろうとも考えたが、吐き出されるのは子供の不平不満ばかりになりそうだ。
歯をかみしめ、こらえる。フェルミは肩をゆらしながら反応を待っている。
息を整える。着慣れない軍服をまとったせいで、身体の感覚がにぶくなっていたようだ。
座席にだってだらしなくもたれかかっている。これはよくない。背筋を意識。肩を後
ろに引く。明るい表情をつくるため、寄せていた眉を軽く、ゆっくりと広げる。
身だしなみの極意。フランケンが、口喧しく教えてくれたものだ。そう、それがよろしゅうございますな。良い調子のとき、坊っちゃまは本当に綺麗な瞳をされます。具合が悪いときは、澱を煮詰めたみたいですが」
……さっきまでは、そんな瞳をしていたのだろうか。しかし、これを実行すれば自分は見違えるはずだ。
肖像画家の前に立つように、ひるまず、しかし決して驕らず、控えめに気高さをまとう。
「どうだ」フェルミに感想を聞いた。
相手はあごをぽりぽりと撫でる。
「すみません。さっきと何が違うんで?」
……くじけそうだ。
「気、張りなよー。背筋、ちゃんと伸ばしてねー」
驚いて、サキは隣を見た。
ぼろ布の中に、カヤが身を丸めている。
「何で、いるの」
「じゅうぐんがか」
「従軍画家?そんなのは女の子の仕事じゃないだろっ」
「戦場にだって女はいるじゃん。酒保女とかー」
「酒保女が前線に出るか!危ない。兵士なんて動物同然だぞ?敵だけじゃない、味方だって……」
「殿下、その動物どもに聞こえます」
フェルミが口をはさむ。
「その嬢ちゃんなら安全ですよ。そのどろどろ具合、ついさっきまで男だと思ってた
くらいです」
「ありがとー」
「誉められてない。まったく正気かよ。これは遊びじゃないんだぞ」
「遊びで描くことなんて一度もない」
自称従軍画家は、ふいに真顔をつくる。
少女の周囲にだけ、行軍とは別種の冷えた空気が漂った。
「サキは、この新聞見た?」
カヤが衣服の一部なのか手提げなのかわからない布の固まりから差し出したのは、日付が今朝の「アーカベルグの虹」この地方で発行されている新聞だ。
紙質はさほど上質ではないが、印字と版画の鮮明さが売りの一つ。本日は、馬上で勇ましく剣を振り上げるサキの姿が一面を飾っている。
「なかなか似てるよね。サキはこんな格好、したことないのに、よく知ってるわたしでも似てると感じる。この原版、間近で眺めたことのある人しかつくれないよ」
少女の目がフードに隠れた。
「多分、おとうさん」
サキはそれほど哀しくはなかった。
「そっか、先生か」
原画は、どのくらい前に用意されたものなのか。計算する気力は、すでにない。
ひょっとしてそれで――――カヤは義憤を覚えて、自分に同行してくれるだろうか。
「付いて来る気もないなんて、お父さんは怠慢」
「んっ」
「見てもいないサキの勇姿を捏造するよりもさー、戦場でみじめに無様に死んでいくサキを描ききる方が、題材への敬意だと思うんだよねー」
「……ああ、そういう倫理感ね…」
やっぱりこの子は、違う法律の生き物だ。
しげしげと少女を眺めた後で、サキは別の思考にたどり着いた。
カヤはそのつもりだとしても、父親はどうなのだろう。フェルミが平然としているということは、カヤの従軍は正式に認められているはずだけれど、こんな無茶を、先生はよく許したものだ。
画家の娘なのだから、画業にのめり込むのは父親にとっても喜ばしいこと。意欲と才能に恵まれた、自慢の娘。
そう考えていたが、もしかして違うのではないだろうか。
「カヤ」
「おう、面白い顔。描かせてよ」
「ぼくら、生きて帰った方がいいな」
「当たり前じゃんそんなの。脳みそ、止まったの?」
本当にわかってないのか?サキは訝しむ。人間の深さとか、十四の自分には、とても計れない。
「その顔も面白い」
そう言って、絵描きの少女は忙しく筆を操った。