再調査と見張り台
文字数 2,386文字
翌日、サキはデジレへ向かった。
調査のため、いばら荘を訪れるのはこれが二回目だ。前回はサキと御者しかいない寂しい調査団だったけれど、今回は心強い味方が加わっている。自由になった準男爵家の工房から、十数人の画工を貸してもらえたのだ。
彼らをどのように活用するか。とりあえずサキは、城の周囲に茂るいばらを観察させることにした。最上階へとつながる隠し通路が、他にも通じていないか確認したかったからだ。画家の眼力なら、いばらに偽装した陶器の扉を看破できるかもと期待する。
その間にサキはバンドに会って、何か新しい情報が出てこないか確認する。今回も、赤薔薇家家宰は協力的な態度だったので、少し罪悪感を覚えた。数日後、この別荘にも兵士がなだれ込んでくる予定であることを教えてあげられないからだ。
「遅ればせながら、隠し通路について当家の記録を確認いたしました。その限りでは、入口は、あの一カ所のみと思われます」
恐縮の体でバンドは語る。
「と申しますのも、最上階は比較的最近造られた部分だったと判明したのです。旦那様の父上、つまり先代当主は邸内に把握していない隠し通路が存在する可能性を危惧しておられました。くせものが忍び込むやもしれませんので、ご先祖や異民族が造った通路があっても問題ないように、安全のため新たに最上階を建て増しされたのです」
聞き捨てならない話だった。
「設計した最上階というのは、どこからどこまでですか?」
「件の部屋と、そこにつながる螺旋階段と周囲の石壁が、新たに建て増しされた部分にございます」
用意した帳面に、バンドは簡略化した城の全体図を描く。
「隠し通路の城内側にある出口は、建て増し前の区域にあたります」
「すると、通路が他にあったとしても、それは誰にも気付かれずに最上階へ行けるものではない、ということですか」
サキの質問にバンドは頷いた。
もう少し早く知りたかった。絵描きたちに出した指示が無意味になってしまう。
サキは隠し通路を通って城外へ戻り、画家たちに通路の捜索を止めさせた。すると、なにをさせたらいいだろうか?
(やっぱり姉上に着いてきてもらったらよかった)
サキは頭を小突く。本日、ニコラはレンカ城でカヤと面会しているため、デジレには同行しなかったのだ。サキの言葉でカヤが死を思いとどまったことを、ニコラは喜び賞賛もしてくれた。その上で、生き延びる決意をしたカヤに訊きたい話があるという。
面会は後にして、こちらに来てもらった方が有益だったかもしれない。画家たちに声をかけながら、サキは判断を悔やんだ。こういった人材の配置を考えるのも、君主にとって必要な能力であるはずだ。
犯人の行動をなぞる方法は、前回の論証でやりつくしてしまった。次は別の手を考えた方がいいだろう。
たとえば、どのような証拠が見つかったら、カヤが犯人ではないと言い切れるものだろうか。カヤという人間をつくっている色々な部品を、サキは頭に描く。
女の子、フードを被っている、絵を描く、歌はあんまり巧くない・・・・
サキの推測通り、犯人が議長の決闘相手なのだとしたら、その特徴はカヤとは一致しないものになるはずだ。男性の決闘相手は男性。その他に、カヤと一致しない特徴は、なにがある?
体格はどうだろう。あの巨人が、決闘相手に小柄な人間を許すものだろうか。拳銃による決闘とはいえ、体格差の激しい相手と殺し合いをするのはどことなく不公平な感じを拭えない。あそこまで大柄とは行かなくても、それなりに長身でなかったら、議長も決闘をためらったのではないだろうか。
たとえば多少の返り血が犯人にかかったとして、それが手のひらだったとする。城内の壁などに犯人の手形が残っていて、その大きさが明らかに女性のものでなかったならーーー
「半分は城の外、半分は中に入って、血の跡がどこかについていないか探してください」
画家たちに、サキは新しい指示を下した。
画家の眼力であれば、煉瓦や織物に紛れた血色さえ、たやすく見つけるかもしれない、と期待する。
サキは城外の隠し通路の入り口付近で周囲を見渡していた。城内を割り当てられた画工たちが、入り口へ入っていく。一人の画家が、入り口の前で上を見上げていた。
「どうかしましたか?」
サキが訊くと、画家は自信なさげに応える。
「ちょっと気になることがありまして、いえ、もうご存じかもしれませんが」
「何でも教えてください。どういうことが手がかりになるか分からないので」
「この真上なんですよ」
画家は人差し指を高く上げた。その先には長く延びた煉瓦の筒が見える。
小高い丘、もしくは山そのものが城館として成立しているいばら荘は、地下部分が洞窟、地上部分は独立しているように見える赤煉瓦の建築物で構成されている。サキの真上にあるのは、山裾にそびえる一本の塔だ。単純な筒型の側面に、ヴァイキングの兜飾りのような角型の構造物が、片側にだけ張り出している。
「あれ、見張り台ですよね多分」
角を指さして、画家は言った。
サキたちは、角の先端を見上げる位置にいる。角の数カ所に、四角い黒穴が穿たれているのがわかる。
「そうでしょうね、多分」
サキは同意する。
この高さだ。荷物の引き上げや、排泄物の投げ捨て用ではないだろう。
「この入口から、あの穴が見えるってことは」
画家は振り向いて、解放された陶器の偽装扉を一別した。
「あの穴からも、この隠し通路を監視できるってことですよね」
サキは隠し通路と穴を見比べた。
隠し通路をサキが最初に捜索した際、同じ穴から誰かが見下ろしていた。
ばかだ。おお馬鹿すぎる。どうして考えなかったのだろう?
出入りする犯人を、誰かが監視していたかもしれない!