ご褒美
文字数 1,420文字
十二月二十七日。
摂政府にて、カヤの無罪放免を祝う宴が催された。本当なら釈放が決定してすぐ行う予定だったが、一連のごたごたで繰り延べになっていたものだ。
一国の君主が住まう城館と見なした場合こそ手狭に思われる摂政府だが、客人を招いてもてなす程度であればそれなりの設備は整っている。今回は捜査の関係者や黒繭・赤薔薇・準男爵家の限られた親族のみを招待した宴席なので、混雑を気にする人数ではなかった。
夕刻、宴が始まって小一時間ほど経った頃、サキは一階の大広間を見下ろすバルコニーにもたれかかって一息ついていた。この手の宴席には子供の頃から顔を出しているので慣れてはいるが、今回は主催者の立場なので今までにない気疲れを感じなくもない。とはいえサキが担当する仕事は招待客を回って愛想を振りまく程度で、雑事の差配はフランケンに任せている。
サキは出陣前の誰一人来なかった宴席を思い出していた。あの頃とは状況が変わったとは言え、感慨深いものがある。
広間に陣取る楽団が、ワルツの演奏を開始した。舞踊に興じる時間だ。出席者のうち、男性は軍服か地味な夜会服だが、女性は全員、肩を露わにしたドレス姿で少し寒そうだった。女性の数が少ないので、所々であぶれた男性陣が手持ちぶさたにしている。主催者としては、この辺りのバランスをとることも今後の課題となるだろう。
評議員も全員出席しているが、ダンスに参加しているのはイオナのみで、後の面々は周辺のテーブルに分かれていた。
おっかなびっくりステップを踏む画工たち。
陶然と宴を眺めるゲラク。
件の御者はちゃっかり酒場の女主人を捕まえ、杯を交わしている。
盲目のピエロー今日は白塗りではないがーは楽団の方へ首をもたげ、一流の演奏を愉しむように肩を揺らしていた。
貴族、平民を問わず、それなりに宴を楽しんでくれているようで、サキは安心する。
ふいに横を見たサキは、いつの間にかイーゼルを立てた準男爵がスケッチを始めているのに気付いて苦笑した。同時に、不思議に思う。
「カヤは来ないんですね。ここから描くのが一番よさそうなのに」
「何を言ってるんです」
準男爵は筆を振り回して笑った。
「彼女は本日の主役なのですから、描く他にもすることがあるでしょう?」
「サキ、ここにいた」
振り向いたサキの前に、美しい少女が立っていた。白いドレスから覗く華奢な肩。光のように流れる小麦色の髪。活発そうな瞳が、「似合う?」といたずらっぽく問いかけている。
カヤに似ているな、と思いかけた次の瞬間、カヤ本人であることに気付いた。
「画工たちと私で意匠を考えました」
夜会服の娘をスケッチしながら誇らしげに準男爵は言う。
「なかなかのものでしょう?布を被っていない娘も」
「……美少女だ」
サキが率直な印象を伝えると、カヤは頬を染めた。
「ちょ、ふざけないでよ」
「嘘じゃないってば」
サキは手を振って否定する。
「なんかの妖精みたいだ。綺麗すぎて言葉に迷うくらい」
「お、おう、正直なのはよろしい」
目を逸らし、俯いてしまった。ふつうの女の子みたいだな、と言いそうになって、堪える。
「じゃあさ、踊ってくれる。私と」
「もちろん」
サキは少女に向かって手を伸ばす。
「ではお手をどうぞ美少女様。広間へお連れしましょう」
「美少女美少女いうなっ」
はにかみながら、少女は少年の手を採った。
摂政府にて、カヤの無罪放免を祝う宴が催された。本当なら釈放が決定してすぐ行う予定だったが、一連のごたごたで繰り延べになっていたものだ。
一国の君主が住まう城館と見なした場合こそ手狭に思われる摂政府だが、客人を招いてもてなす程度であればそれなりの設備は整っている。今回は捜査の関係者や黒繭・赤薔薇・準男爵家の限られた親族のみを招待した宴席なので、混雑を気にする人数ではなかった。
夕刻、宴が始まって小一時間ほど経った頃、サキは一階の大広間を見下ろすバルコニーにもたれかかって一息ついていた。この手の宴席には子供の頃から顔を出しているので慣れてはいるが、今回は主催者の立場なので今までにない気疲れを感じなくもない。とはいえサキが担当する仕事は招待客を回って愛想を振りまく程度で、雑事の差配はフランケンに任せている。
サキは出陣前の誰一人来なかった宴席を思い出していた。あの頃とは状況が変わったとは言え、感慨深いものがある。
広間に陣取る楽団が、ワルツの演奏を開始した。舞踊に興じる時間だ。出席者のうち、男性は軍服か地味な夜会服だが、女性は全員、肩を露わにしたドレス姿で少し寒そうだった。女性の数が少ないので、所々であぶれた男性陣が手持ちぶさたにしている。主催者としては、この辺りのバランスをとることも今後の課題となるだろう。
評議員も全員出席しているが、ダンスに参加しているのはイオナのみで、後の面々は周辺のテーブルに分かれていた。
おっかなびっくりステップを踏む画工たち。
陶然と宴を眺めるゲラク。
件の御者はちゃっかり酒場の女主人を捕まえ、杯を交わしている。
盲目のピエロー今日は白塗りではないがーは楽団の方へ首をもたげ、一流の演奏を愉しむように肩を揺らしていた。
貴族、平民を問わず、それなりに宴を楽しんでくれているようで、サキは安心する。
ふいに横を見たサキは、いつの間にかイーゼルを立てた準男爵がスケッチを始めているのに気付いて苦笑した。同時に、不思議に思う。
「カヤは来ないんですね。ここから描くのが一番よさそうなのに」
「何を言ってるんです」
準男爵は筆を振り回して笑った。
「彼女は本日の主役なのですから、描く他にもすることがあるでしょう?」
「サキ、ここにいた」
振り向いたサキの前に、美しい少女が立っていた。白いドレスから覗く華奢な肩。光のように流れる小麦色の髪。活発そうな瞳が、「似合う?」といたずらっぽく問いかけている。
カヤに似ているな、と思いかけた次の瞬間、カヤ本人であることに気付いた。
「画工たちと私で意匠を考えました」
夜会服の娘をスケッチしながら誇らしげに準男爵は言う。
「なかなかのものでしょう?布を被っていない娘も」
「……美少女だ」
サキが率直な印象を伝えると、カヤは頬を染めた。
「ちょ、ふざけないでよ」
「嘘じゃないってば」
サキは手を振って否定する。
「なんかの妖精みたいだ。綺麗すぎて言葉に迷うくらい」
「お、おう、正直なのはよろしい」
目を逸らし、俯いてしまった。ふつうの女の子みたいだな、と言いそうになって、堪える。
「じゃあさ、踊ってくれる。私と」
「もちろん」
サキは少女に向かって手を伸ばす。
「ではお手をどうぞ美少女様。広間へお連れしましょう」
「美少女美少女いうなっ」
はにかみながら、少女は少年の手を採った。