評議員たちの憂鬱
文字数 2,128文字
「俺たちって、まだ評議員やってていいんですか」
同時刻の冬宮。獅子の扉に守られた部屋の奥。円卓に腰掛け、クッキーをかじりながらギディングスが訊いた。円卓には彼も含めて六人の評議員が揃っている。
この男はこういうところが重宝する、とカザルスは内心で笑った。空気を読まずに聞きにくい質問をぶつけてくれる。
「貴公らの任期は、カヤ嬢の問題が片づくまで、という認識だった」
マリオンが紅茶を飲みながら答える。
「厳密に言えば、あの娘にまつわる問題はまだ片づいていない」
「ふーん」
大してありがたがるでもなく、ギディングスは菓子を食べ続ける。
「それにしても旨いすねこのクッキー。マリオン評議員が持ってきたんですよね。いい趣味してるじゃないですか」
「老舗の菓子職人が、毎月、限られた数量だけこしらえるものだ。厳選した小麦粉と牛乳を使っている」
誉められたせいか、マリオンの口元がわずかに綻んだ。
「気に入ったんで、毎月俺の家に無料で送ってもらえませんか」
「あつかましい!」
マリオンは卓を叩いた。
「限りがあると言っただろう!」
「まあまあ、菓子一つにそこまでお怒りにならずともよいでしょう」
カザルスは両手を広げた。
「何がご不満なのです?赤薔薇家所領の封鎖はつつがなく終わったではないですか。いずれの領地でも、使用人、兵士共に死者・負傷者皆無。誇るべき数字ではありませんか」
「ああ誇らしいとも!」
マリオンは不快げに歯をすり合わせた。
「これで、望みの品が見つかったら、諸手を叩いて喜んでいたのだがなっ」
「それどころか、目当ての人物さえ探し出せていない。議長の義弟も、叔父も……」
ゼマンコヴァが肩をぽきぽきと鳴らした。
「ハイユが臭いと睨んでおったが、空振りに終わった。迅速に事を運んだつもりが、どこへ逃げ仰せたのやら」
「逃げたとは限りません。最初から領内にいなかったとも考えられます」
イオナが可能性を述べた。
「いずれの所領の使用人に訊ねても、両人の姿を見たという証言は得られておりませんので」
「事前に察知したか、こんなこともあろうかと予測していたか。一筋縄ではいかない方々のようですなあ」
マリオンが嫌がるかと思って賞賛してみせたカザルスだったが、相手は聞こえない風で首を捻っていた。
「まさかとは思うが、殿下に匿われているのではあるまいな」
「どうして殿下がそんな手助けをするんです」
マリオンの疑念を、カザルスは否定する。
「殿下にしてみれば、ご執心のカヤ嬢を処刑場へ送ろうとした黒幕ですよ。助けてやる理由がありません」
「我らへの嫌がらせかもしれん」
マリオンは納得しなかった。
「この一ヶ月ばかり、お互いに煮え湯を飲ませ、飲まされた。報復のためなら、何だってするの
では?」
「殿下は、そんなことはしませんよ。育ちのいいお方ですから」
「こいつは驚いた。少将の口からそんな優しい言葉が飛び出すとは」
それまで黙っていたフェルミが食いついて来た。
「ずいぶん殿下に好意的なんですな」
「公平な評価だよ。この場合の育ちの良さ、とは血統や生家の預金残高を示すものじゃあない。愛情を注がれて育ち、社会に触れて適度に物事を成し遂げた人間だけが得る心の余裕のことだ。具体的には他人に対して抱く好悪の感情」
フェルミが自分に絡んでくるのは珍しいので、興が乗ったカザルスは言葉を連ねた。
「人は誰しも、自分にとって都合のいい人間には好意を抱く。これは当たり前だ。重要なのは、都合の悪い人間をどう扱うか。育ちのよくない奴は、とにかく憎む。嫌う。人間の感情なんてものには限りがあるっていうのに、過剰な憎悪に身を焦がし、磨耗して惨めな人生を送る」
あてこすりと解釈したのだろうか、マリオンの視線が痛痒い。カザルスからすれば、マリオンも「育ちがいい」部類に含まれるのだが。
「しかし殿下のようにご立派な人種は、ひととき誰かを激しく憎悪しても、長くは続かない。かつて憎んでいた相手は、時を経て『どうでもいい』人間に分類され、心の箱に収納される。だから憎しみにすり減るおそれもない。この前の評議会で、殿下が木靴の件を発表するつもりはないと言われたとき、私は理解しましたよ」
フェルミから視線を外し、カザルスはマリオンに向き直った。
「ああ、この少年の中で、我々は『どうでもいい』にしまい込まれたんだってね。それはある種の残酷さかもしれませんが、為政者に必要な素質であるのも確かです」
「興味深い話だが、心理学者でもない貴様の言葉だけを信じるわけにはいかん」
マリオンは両手を頭の上でぶらぶらさせた。
「やはり、両名を匿っていないか確認させてもらう。黒繭家は難しいとしても、摂政府くらいは捜索するべきだ」
「殿下の育ちの良さに甘えるおつもりですか」
カザルスは鼻で笑う。
「いよいよ国内で見つからなかったら、今度は国外を捜索せざるを得ない。他人の庭で人探しをするのですから、国家元首、つまり殿下から相手の国へ交渉してもらう必要があります。どの面下げて頼み込むおつもりですか?」
マリオンは頭を抱えて考え込んでしまった。
同時刻の冬宮。獅子の扉に守られた部屋の奥。円卓に腰掛け、クッキーをかじりながらギディングスが訊いた。円卓には彼も含めて六人の評議員が揃っている。
この男はこういうところが重宝する、とカザルスは内心で笑った。空気を読まずに聞きにくい質問をぶつけてくれる。
「貴公らの任期は、カヤ嬢の問題が片づくまで、という認識だった」
マリオンが紅茶を飲みながら答える。
「厳密に言えば、あの娘にまつわる問題はまだ片づいていない」
「ふーん」
大してありがたがるでもなく、ギディングスは菓子を食べ続ける。
「それにしても旨いすねこのクッキー。マリオン評議員が持ってきたんですよね。いい趣味してるじゃないですか」
「老舗の菓子職人が、毎月、限られた数量だけこしらえるものだ。厳選した小麦粉と牛乳を使っている」
誉められたせいか、マリオンの口元がわずかに綻んだ。
「気に入ったんで、毎月俺の家に無料で送ってもらえませんか」
「あつかましい!」
マリオンは卓を叩いた。
「限りがあると言っただろう!」
「まあまあ、菓子一つにそこまでお怒りにならずともよいでしょう」
カザルスは両手を広げた。
「何がご不満なのです?赤薔薇家所領の封鎖はつつがなく終わったではないですか。いずれの領地でも、使用人、兵士共に死者・負傷者皆無。誇るべき数字ではありませんか」
「ああ誇らしいとも!」
マリオンは不快げに歯をすり合わせた。
「これで、望みの品が見つかったら、諸手を叩いて喜んでいたのだがなっ」
「それどころか、目当ての人物さえ探し出せていない。議長の義弟も、叔父も……」
ゼマンコヴァが肩をぽきぽきと鳴らした。
「ハイユが臭いと睨んでおったが、空振りに終わった。迅速に事を運んだつもりが、どこへ逃げ仰せたのやら」
「逃げたとは限りません。最初から領内にいなかったとも考えられます」
イオナが可能性を述べた。
「いずれの所領の使用人に訊ねても、両人の姿を見たという証言は得られておりませんので」
「事前に察知したか、こんなこともあろうかと予測していたか。一筋縄ではいかない方々のようですなあ」
マリオンが嫌がるかと思って賞賛してみせたカザルスだったが、相手は聞こえない風で首を捻っていた。
「まさかとは思うが、殿下に匿われているのではあるまいな」
「どうして殿下がそんな手助けをするんです」
マリオンの疑念を、カザルスは否定する。
「殿下にしてみれば、ご執心のカヤ嬢を処刑場へ送ろうとした黒幕ですよ。助けてやる理由がありません」
「我らへの嫌がらせかもしれん」
マリオンは納得しなかった。
「この一ヶ月ばかり、お互いに煮え湯を飲ませ、飲まされた。報復のためなら、何だってするの
では?」
「殿下は、そんなことはしませんよ。育ちのいいお方ですから」
「こいつは驚いた。少将の口からそんな優しい言葉が飛び出すとは」
それまで黙っていたフェルミが食いついて来た。
「ずいぶん殿下に好意的なんですな」
「公平な評価だよ。この場合の育ちの良さ、とは血統や生家の預金残高を示すものじゃあない。愛情を注がれて育ち、社会に触れて適度に物事を成し遂げた人間だけが得る心の余裕のことだ。具体的には他人に対して抱く好悪の感情」
フェルミが自分に絡んでくるのは珍しいので、興が乗ったカザルスは言葉を連ねた。
「人は誰しも、自分にとって都合のいい人間には好意を抱く。これは当たり前だ。重要なのは、都合の悪い人間をどう扱うか。育ちのよくない奴は、とにかく憎む。嫌う。人間の感情なんてものには限りがあるっていうのに、過剰な憎悪に身を焦がし、磨耗して惨めな人生を送る」
あてこすりと解釈したのだろうか、マリオンの視線が痛痒い。カザルスからすれば、マリオンも「育ちがいい」部類に含まれるのだが。
「しかし殿下のようにご立派な人種は、ひととき誰かを激しく憎悪しても、長くは続かない。かつて憎んでいた相手は、時を経て『どうでもいい』人間に分類され、心の箱に収納される。だから憎しみにすり減るおそれもない。この前の評議会で、殿下が木靴の件を発表するつもりはないと言われたとき、私は理解しましたよ」
フェルミから視線を外し、カザルスはマリオンに向き直った。
「ああ、この少年の中で、我々は『どうでもいい』にしまい込まれたんだってね。それはある種の残酷さかもしれませんが、為政者に必要な素質であるのも確かです」
「興味深い話だが、心理学者でもない貴様の言葉だけを信じるわけにはいかん」
マリオンは両手を頭の上でぶらぶらさせた。
「やはり、両名を匿っていないか確認させてもらう。黒繭家は難しいとしても、摂政府くらいは捜索するべきだ」
「殿下の育ちの良さに甘えるおつもりですか」
カザルスは鼻で笑う。
「いよいよ国内で見つからなかったら、今度は国外を捜索せざるを得ない。他人の庭で人探しをするのですから、国家元首、つまり殿下から相手の国へ交渉してもらう必要があります。どの面下げて頼み込むおつもりですか?」
マリオンは頭を抱えて考え込んでしまった。