怪人は語る
文字数 4,278文字
ゼマンコヴァはいばら荘の窓から闇の舞台を見下ろしていた。
踊る孔雀男。羽根と身体は薄茶色。頭部だけ灰色の雲に覆われている。八十年前は、このようにどうみても孔雀と関係ない衣装を孔雀男に纏わせるのが流行だった。この妙ちくりんな格好、思い出すのう。妻を、今ではしわくちゃになってしまった婆さんを、初めて観劇に誘った時に見た孔雀男だ―――
フェルミは金箔で敷き詰められた舞台を見上げていた。
舞う孔雀男。金・銀・銅を散りばめた衣装。このときの舞台は悪趣味きわまりないと後日、評論家に扱き下ろされていた。彼女を連れてこなくてよかった、と自分を慰めたものだ。ほんの一時、しかし宝石のように貴重な時間を共に過ごした少女だった。もっと長い時間を共に暮らしたいと願っていたのに、勇気がなかったせいで、終わりを告げた恋。二人で観に来ようと約束していたのに、果たせなかった。観劇後に屋台で口にした苦いツイカの味までもが蘇る。男は苦笑した。まったく、思い出は鈍器のように残酷だ。
信じられない。私にも見える。
盲目のピエロは、孔雀男の舞台を眼にしている。そう、見ているのだ。視覚を失って随分時が経つはずなのに、その光景を見ていると確信できる。
そうか、これは夢と同じなんだとピエロは解釈した。夢の中なら、見えることもある。視覚の入り口が破損したとしても、一度取り入れた景色は、頭の中で繰り返し再現されるのだ。緑色の衣装に大きく広がった羽根と、比較的図鑑の孔雀に近い衣装の孔雀男だが、頭部が七つに分かれている。それぞれの口から、七色の煙が放たれた。もはや現実では味わうことが叶わない色彩の奔流を、ピエロは存分に愉しんだ。
特に重要な人物ではないため名は伏せるが、王都きっての演劇狂いとして知られるその男は感動の余り飛び上がらんばかりだった。
全身に塗りたくった糊の上から孔雀の羽を大量に重ねただけの単純な衣装。おそらく歴代でも一番、外見に気を使っていなかった孔雀男。
しかし、この孔雀男こそ至高!私が千三百七十八回観た中で最高の舞台だったと断言できる、二十年前の三月十八日に上演された「決闘の王子」の再現だ!演じるは 黒繭劇場の歴史の中でも屈指の名優と名高い、ルイス・ブース!この男、他の追随を許さない演技力を誇りながら、女癖が悪く、某伯爵家の三姉妹を同時に孕ませた報復として袋叩きに遭い、役者生命を絶たれてしまった大馬鹿者だ。ああ、懐かしい。やはりルイスの孔雀男は別格だな。後継者のポール・ヤガも悪くはなかったが、ルイスには及ばない。何が起こっているのかさっぱりだが、見せてくれるのなら、他の舞台も観たい!
そうだ、ルイスが始めて座長を務めた二十五年前の公演も捨てがたい。あるいは、ポールとルイスが初競演した十八年前の舞台、いやいやそれよりも……
カザルスは笑う。
彼が対面しているのは黒い孔雀男だ。はじめてこの怪人に触れたのは、舞台ではなく絵本だった。安物の版画だったため、孔雀男は黒一色、頁数も少なかったから話の展開も雑で、怪人が一方的に暴れまくり、悪人を皆殺しにするという教育上よろしくない内容だった。
それでも、あるいはだからこそ、怪人は少年の心に忘れがたい印象を植え付けた。
暴力に彩られた正義の美しさ。
その輝きに魅せられ、少年は少年の厄介な部分を残したまま大人になった。
歩きながら半分眠っていたギディングスは、怪人に気付かなかった。
マリオンは時を遡っていた。
十数年前、自身の居城。傍らには、ベッドから半ば身を乗り出し、孔雀男が舞い散らす羽根にうっとりと見入る老母の姿。
芝居好きな母だった。病の床で明日をも知れぬ身となったとき、願ったのは「決闘の王子」を観劇することだった。自宅に役者を招き、自分のためだけに芝居をさせるという贅沢は貴族階級では珍しいものではない。しかし相手は名門貴族が差配する黒繭劇場だ。すげなく断られても仕方はないがと頼んでみたところ、意外にも快諾してくれた。
最後の観劇を存分に楽しんだ翌週、母は逝った。黒繭劇場の心づかいには、本当に感謝している。
しかし今は。
「やめさせろ!早く!」
マリオンは繰り返し叫んだ。
恐ろしい、恐ろしい幻だ。きっと誰もが孔雀男にまつわる思い出を目の当たりにしているのだろう。こんなものを見せられては、信じてしまう。
「孔雀男が実在する」等といった与太話を信じてしまう。
孔雀男がでまかせをかたったとしても、誰も疑わないのではないか。
「だれでもいい、だれか、とにかく、だれか、だれか……」
叫び続けた後で、理解する。もう、手遅れなのだ。すでに演奏も、光も消えている。この孔雀男の幻は、各々が自分自身に魅せている追憶なのだから。
カザルスの言った通りだ。黒繭家の人間を「決闘の王子」に仕立て上げたのは酷い悪手だった。何百年も、何百年もこの芝居のことばかり考え続けてきた連中なのだ。取り込まれてしまう。理屈も、権力も……
「おーおー、みんな見えてるみたいだね。孔雀男」
立ちすくむ人々を観てカヤが絵筆を動かした。傍らにいるニコラも、鼻が高い。 父上が要望に応えてくれた。予想を超えた方法で、期待以上の効果を伴って。
ここは群衆が集まっている地点から距離を置いた高台。二人の横には風車を小型にしたような構造の投影機械が固定されている。風車部分に張り付けたレンズを取り替えることで様々な色を暗闇に浮かび上がらせることができる構造だ。光は松明に火薬や発光する薬物を掛け合わせて生み出す仕組みで、先ほどまで黒繭劇場所属の黒子たちが数人がかりで操っていた。
「見せないことで、見せる」
カヤが感心するように声を上げる。
「さすがはニコラたちのお父さん。お芝居にかかりきりで、子供に見捨てられただけのことはある!」
「見捨ててはいません」
ニコラは訂正する。
「それに、父上だけの手柄ではありません。聴覚と視覚、幻を誘発する足がかりは人によって異なるというのが父上の理論でした。視覚に対する準備は不十分でしたので、上手く行ったのはカヤのおかげです」
投影する色彩はどのくらいの明度、配分、時間が効果的か。この半日間、カヤの意見を参考にして準備を進めてきたのだった。
「いやいやいや。わたしは時々口を挿んだ程度だって」
カヤは頭を叩いた。
「それにまだ終わりじゃないでしょ。孔雀男が犯人を教えてくれる。それに皆が納得してくれないとね」
幻は、まだ消えない。
深紅に染め抜かれているため孔雀に見えない孔雀男は、居酒屋の女将の記憶に刻み込まれた姿だった。
全身から針を生やした孔雀男は、靴屋の老人が思い出に留めていた幻だ。孔雀男を女性が演じる舞台も多い。下半身を緑の絹服、上半身をレースで飾った孔雀男は、その妖艶さから観客の青少年の心をとらえたせいで、あちこちで再現されていた。
頭頂に塔を生やした孔雀男、両腕を剣に変化させた孔雀男、白銀の鎧で全身を包んだ孔雀男、左半分が人、右半分が鳥の孔雀男、孔雀の剥製を被っただけの孔雀男……
魔法が溶ける。
幻は消えた。歌と演奏が終了してから五分も経っていない。過去に吸い寄せられていた人々が我に返ったとき、空から銀杏の葉に似た回り方で降下する、孔雀の羽根を観た。緑青の雨が、弧を描きながら降り積もる。
「私は孔雀男」
いばら荘城を離れ、マリオンたちのいる天幕へ向かっていたサキは、その声に驚いた。
父上の声だ。しかし、父上の声じゃない。
祖先から現在に至るまで、黒繭家が培ってきた美学、伝統、思想が結実したような厳かさを湛えた声だった。
黒繭家当主は舞台に立った経験こそないものの、「決闘の王子」にまつわる伝説・戯曲・芝居・小説等の全てを知り尽くしており、あらゆる演出技法を理解している。そんな父が群集に声を降らせるという行為は、ある意味で「決闘の王子」数百年の歴史が群集に語りかけているようなものだ。この場には、うってつけの配役と言える。
結局のところ、父親に助けてもらっている現状だが、それほど腹は立たなかった。やれるだけのことはやったという自負のおかげかもしれない。
「私は孔雀男。正しくは、孔雀男と呼ばれてきた総体の一部です。この国の平穏を守ってきた数多の知性、そのかけらにすぎない存在ではありますが、今、このとき、彼らを代表して語らせていただくことをお許し願いたい」
どこから話しているのだろう。時折金属的な響きが混ざるので、拡声器を使用しているのは間違いないのだが。話に聞き入りたいところだったが、評議員たちとの合流をサキは優先する。
「おや殿下、ご無事で安心いたしました」
天幕の近くにカザルスが立っていた。サキを観ると、わざとらしく敬意を示す。サキの背後には、ゼマンコヴァとギディングス、フェルミにフランケンが付いてきている。
「カザルス、僕を殺す決定に反対してくれたこと、一応感謝しておくぞ。イオナ評議員も」
「いえいえ。加勢に参上するべきでしたでしょうが、兵士に阻止されて叶わず、申し訳ございません」
カザルスは頭を下げる。イオナの表情が嘘だと教えてくれるが、追求はしない。
「マリオン評議員は?」
「こちらに」
イオナに教えてもらうまで気付かなかった。彼の足下に大きな岩があると思っていたら、しゃがみ込んで身じろぎ一つしない評議員だった。
虚ろな瞳が、サキに気付いてごろりと回る。
「私を撃つのかね、殿下」
「撃ちません」
サキは背後のフェルミを一蔑する。
「首謀者とも話がつきましたので。貴方のことも、どうでもよくなりました」
「『どうでもいい』か、は、は、」
乾いた笑いをばらまきながら、マリオンは天を見上げる
「私もどうでもいい。もうおしまいだ。評議会は信頼を失い、国家は分裂する……」
「まあまあ、絶望するのは、最後まで聴いてからでもいいでしょう」
カザルスが宥める。
「まだ正しい理屈なのかどうかもわかりません。とりあえず、聞かせてもらおうじゃないですか。『孔雀男』の推理とやらを」
空を向いて語るカザルスに、マリオンも不承不承という体で頷いた。
サキも緊張して耳を澄ませる。
ようやく、答えが降ってくる。
これまで自分を、評議会を、王国を振り回してきた犯人の正体が、ようやく明るみに出るのだ。
踊る孔雀男。羽根と身体は薄茶色。頭部だけ灰色の雲に覆われている。八十年前は、このようにどうみても孔雀と関係ない衣装を孔雀男に纏わせるのが流行だった。この妙ちくりんな格好、思い出すのう。妻を、今ではしわくちゃになってしまった婆さんを、初めて観劇に誘った時に見た孔雀男だ―――
フェルミは金箔で敷き詰められた舞台を見上げていた。
舞う孔雀男。金・銀・銅を散りばめた衣装。このときの舞台は悪趣味きわまりないと後日、評論家に扱き下ろされていた。彼女を連れてこなくてよかった、と自分を慰めたものだ。ほんの一時、しかし宝石のように貴重な時間を共に過ごした少女だった。もっと長い時間を共に暮らしたいと願っていたのに、勇気がなかったせいで、終わりを告げた恋。二人で観に来ようと約束していたのに、果たせなかった。観劇後に屋台で口にした苦いツイカの味までもが蘇る。男は苦笑した。まったく、思い出は鈍器のように残酷だ。
信じられない。私にも見える。
盲目のピエロは、孔雀男の舞台を眼にしている。そう、見ているのだ。視覚を失って随分時が経つはずなのに、その光景を見ていると確信できる。
そうか、これは夢と同じなんだとピエロは解釈した。夢の中なら、見えることもある。視覚の入り口が破損したとしても、一度取り入れた景色は、頭の中で繰り返し再現されるのだ。緑色の衣装に大きく広がった羽根と、比較的図鑑の孔雀に近い衣装の孔雀男だが、頭部が七つに分かれている。それぞれの口から、七色の煙が放たれた。もはや現実では味わうことが叶わない色彩の奔流を、ピエロは存分に愉しんだ。
特に重要な人物ではないため名は伏せるが、王都きっての演劇狂いとして知られるその男は感動の余り飛び上がらんばかりだった。
全身に塗りたくった糊の上から孔雀の羽を大量に重ねただけの単純な衣装。おそらく歴代でも一番、外見に気を使っていなかった孔雀男。
しかし、この孔雀男こそ至高!私が千三百七十八回観た中で最高の舞台だったと断言できる、二十年前の三月十八日に上演された「決闘の王子」の再現だ!演じるは 黒繭劇場の歴史の中でも屈指の名優と名高い、ルイス・ブース!この男、他の追随を許さない演技力を誇りながら、女癖が悪く、某伯爵家の三姉妹を同時に孕ませた報復として袋叩きに遭い、役者生命を絶たれてしまった大馬鹿者だ。ああ、懐かしい。やはりルイスの孔雀男は別格だな。後継者のポール・ヤガも悪くはなかったが、ルイスには及ばない。何が起こっているのかさっぱりだが、見せてくれるのなら、他の舞台も観たい!
そうだ、ルイスが始めて座長を務めた二十五年前の公演も捨てがたい。あるいは、ポールとルイスが初競演した十八年前の舞台、いやいやそれよりも……
カザルスは笑う。
彼が対面しているのは黒い孔雀男だ。はじめてこの怪人に触れたのは、舞台ではなく絵本だった。安物の版画だったため、孔雀男は黒一色、頁数も少なかったから話の展開も雑で、怪人が一方的に暴れまくり、悪人を皆殺しにするという教育上よろしくない内容だった。
それでも、あるいはだからこそ、怪人は少年の心に忘れがたい印象を植え付けた。
暴力に彩られた正義の美しさ。
その輝きに魅せられ、少年は少年の厄介な部分を残したまま大人になった。
歩きながら半分眠っていたギディングスは、怪人に気付かなかった。
マリオンは時を遡っていた。
十数年前、自身の居城。傍らには、ベッドから半ば身を乗り出し、孔雀男が舞い散らす羽根にうっとりと見入る老母の姿。
芝居好きな母だった。病の床で明日をも知れぬ身となったとき、願ったのは「決闘の王子」を観劇することだった。自宅に役者を招き、自分のためだけに芝居をさせるという贅沢は貴族階級では珍しいものではない。しかし相手は名門貴族が差配する黒繭劇場だ。すげなく断られても仕方はないがと頼んでみたところ、意外にも快諾してくれた。
最後の観劇を存分に楽しんだ翌週、母は逝った。黒繭劇場の心づかいには、本当に感謝している。
しかし今は。
「やめさせろ!早く!」
マリオンは繰り返し叫んだ。
恐ろしい、恐ろしい幻だ。きっと誰もが孔雀男にまつわる思い出を目の当たりにしているのだろう。こんなものを見せられては、信じてしまう。
「孔雀男が実在する」等といった与太話を信じてしまう。
孔雀男がでまかせをかたったとしても、誰も疑わないのではないか。
「だれでもいい、だれか、とにかく、だれか、だれか……」
叫び続けた後で、理解する。もう、手遅れなのだ。すでに演奏も、光も消えている。この孔雀男の幻は、各々が自分自身に魅せている追憶なのだから。
カザルスの言った通りだ。黒繭家の人間を「決闘の王子」に仕立て上げたのは酷い悪手だった。何百年も、何百年もこの芝居のことばかり考え続けてきた連中なのだ。取り込まれてしまう。理屈も、権力も……
「おーおー、みんな見えてるみたいだね。孔雀男」
立ちすくむ人々を観てカヤが絵筆を動かした。傍らにいるニコラも、鼻が高い。 父上が要望に応えてくれた。予想を超えた方法で、期待以上の効果を伴って。
ここは群衆が集まっている地点から距離を置いた高台。二人の横には風車を小型にしたような構造の投影機械が固定されている。風車部分に張り付けたレンズを取り替えることで様々な色を暗闇に浮かび上がらせることができる構造だ。光は松明に火薬や発光する薬物を掛け合わせて生み出す仕組みで、先ほどまで黒繭劇場所属の黒子たちが数人がかりで操っていた。
「見せないことで、見せる」
カヤが感心するように声を上げる。
「さすがはニコラたちのお父さん。お芝居にかかりきりで、子供に見捨てられただけのことはある!」
「見捨ててはいません」
ニコラは訂正する。
「それに、父上だけの手柄ではありません。聴覚と視覚、幻を誘発する足がかりは人によって異なるというのが父上の理論でした。視覚に対する準備は不十分でしたので、上手く行ったのはカヤのおかげです」
投影する色彩はどのくらいの明度、配分、時間が効果的か。この半日間、カヤの意見を参考にして準備を進めてきたのだった。
「いやいやいや。わたしは時々口を挿んだ程度だって」
カヤは頭を叩いた。
「それにまだ終わりじゃないでしょ。孔雀男が犯人を教えてくれる。それに皆が納得してくれないとね」
幻は、まだ消えない。
深紅に染め抜かれているため孔雀に見えない孔雀男は、居酒屋の女将の記憶に刻み込まれた姿だった。
全身から針を生やした孔雀男は、靴屋の老人が思い出に留めていた幻だ。孔雀男を女性が演じる舞台も多い。下半身を緑の絹服、上半身をレースで飾った孔雀男は、その妖艶さから観客の青少年の心をとらえたせいで、あちこちで再現されていた。
頭頂に塔を生やした孔雀男、両腕を剣に変化させた孔雀男、白銀の鎧で全身を包んだ孔雀男、左半分が人、右半分が鳥の孔雀男、孔雀の剥製を被っただけの孔雀男……
魔法が溶ける。
幻は消えた。歌と演奏が終了してから五分も経っていない。過去に吸い寄せられていた人々が我に返ったとき、空から銀杏の葉に似た回り方で降下する、孔雀の羽根を観た。緑青の雨が、弧を描きながら降り積もる。
「私は孔雀男」
いばら荘城を離れ、マリオンたちのいる天幕へ向かっていたサキは、その声に驚いた。
父上の声だ。しかし、父上の声じゃない。
祖先から現在に至るまで、黒繭家が培ってきた美学、伝統、思想が結実したような厳かさを湛えた声だった。
黒繭家当主は舞台に立った経験こそないものの、「決闘の王子」にまつわる伝説・戯曲・芝居・小説等の全てを知り尽くしており、あらゆる演出技法を理解している。そんな父が群集に声を降らせるという行為は、ある意味で「決闘の王子」数百年の歴史が群集に語りかけているようなものだ。この場には、うってつけの配役と言える。
結局のところ、父親に助けてもらっている現状だが、それほど腹は立たなかった。やれるだけのことはやったという自負のおかげかもしれない。
「私は孔雀男。正しくは、孔雀男と呼ばれてきた総体の一部です。この国の平穏を守ってきた数多の知性、そのかけらにすぎない存在ではありますが、今、このとき、彼らを代表して語らせていただくことをお許し願いたい」
どこから話しているのだろう。時折金属的な響きが混ざるので、拡声器を使用しているのは間違いないのだが。話に聞き入りたいところだったが、評議員たちとの合流をサキは優先する。
「おや殿下、ご無事で安心いたしました」
天幕の近くにカザルスが立っていた。サキを観ると、わざとらしく敬意を示す。サキの背後には、ゼマンコヴァとギディングス、フェルミにフランケンが付いてきている。
「カザルス、僕を殺す決定に反対してくれたこと、一応感謝しておくぞ。イオナ評議員も」
「いえいえ。加勢に参上するべきでしたでしょうが、兵士に阻止されて叶わず、申し訳ございません」
カザルスは頭を下げる。イオナの表情が嘘だと教えてくれるが、追求はしない。
「マリオン評議員は?」
「こちらに」
イオナに教えてもらうまで気付かなかった。彼の足下に大きな岩があると思っていたら、しゃがみ込んで身じろぎ一つしない評議員だった。
虚ろな瞳が、サキに気付いてごろりと回る。
「私を撃つのかね、殿下」
「撃ちません」
サキは背後のフェルミを一蔑する。
「首謀者とも話がつきましたので。貴方のことも、どうでもよくなりました」
「『どうでもいい』か、は、は、」
乾いた笑いをばらまきながら、マリオンは天を見上げる
「私もどうでもいい。もうおしまいだ。評議会は信頼を失い、国家は分裂する……」
「まあまあ、絶望するのは、最後まで聴いてからでもいいでしょう」
カザルスが宥める。
「まだ正しい理屈なのかどうかもわかりません。とりあえず、聞かせてもらおうじゃないですか。『孔雀男』の推理とやらを」
空を向いて語るカザルスに、マリオンも不承不承という体で頷いた。
サキも緊張して耳を澄ませる。
ようやく、答えが降ってくる。
これまで自分を、評議会を、王国を振り回してきた犯人の正体が、ようやく明るみに出るのだ。