続・電撃作戦
文字数 2,360文字
共和国では軍事行動に際して議会の承認を要する。今回のように博打めいた作戦は、本来、合議制の決定機関には歓迎されないものだ。しかしプレーゲルを失い混乱の極みにあった革命議会は、ほとんど鵜呑みに近い形でグロチウスの計画を受け入れてくれた。
十一月七日、共和国政府は王国に宣戦布告を行った。
当初の予定通り、浮浪者等で水増しを行った陽動部隊を国境付近に展開させる。翌日には王国軍も布陣を完了していた。想定通りの反応速度だった。
この時点で強襲部隊が移動を開始する。迂回ルートから国境を越え、同日、王国最北端の宿場町であるドレーに到達した。守備兵を難なく蹴散らし、見張り台兼烽火台を打ち壊す。住民たちを一カ所に集め、次の目的地までに必要な分だけ人馬の食料を徴発し、最低限の見張りのみ残して町を後にした。
遅れること六時間、工作部隊がドレーを訪れた。
工作部隊はグロチウスの素案に諸将の意見を組み入れたもので、元・官吏や革命の指導者級等、交渉力に長けた人材で構成されている。当初強襲部隊に負わせる予定だった仕事を分割した部隊で、後続の本隊のために食料と水を確保するのが役割だ。
ドレーは名産品のくるみを大量に備蓄していたため、工作部隊は住民を厨房に集めてクッキーやくるみパンを調理させた。住民が非協力的である場合、工作部隊の長には街を無人に変える権限が与えられていたが、幸いにもドレーでその機会は発生しなかった。
一万余の歩兵を千分割したピクニック。その最初の集団がドレーに到着したのは、工作部隊の到着から二時間後のことだった。
すでに山と積みあがっていた携帯食を受け取り、次の目的地へと向かう。他の集団と足並みを揃える必要すらなく、愚直に補給地点の地図だけ見据えて歩き続けるのだ。次の補給地点でも、強襲部隊と工作部隊がお膳立てをしてくれる。この工程を繰り返して、王都の直前まで進軍を続ける手筈だった。
クローゼを筆頭とする高級将校たちは、行軍を効率化させるための情報収集に忙殺されている。各補給地点を伝令で繋ぎ、備蓄の足りない地点があれば、本隊の一部を予備の補給地へ迂回させる。基本的に補給地の間で食糧の輸送は行わない。時間と人員を割きたくないからだ。あらゆる停滞を回避し、迅速を貴ぶべし。
(王国軍は、どこまで気付いているのだろうか)
進軍中、諸将の胸中には、この一点のみがちらついていた。敵兵が国土に侵入している事態を見落とすほど、王国軍も無能揃いではないはずだ。問題は、こちら側からの侵攻が本命だと悟られているかどうか。
見抜かれたなら半数以上の王国軍がケインへ動くはずだが、国境付近では、未だ睨み合いが続いている。こちらの陽動部隊が国境線を超えない限り、敵に動くつもりはないようだ。
宣戦布告の二十四時間後。最速の十人組が、王都への道のり半ばに到達した。さらに二十時間後、大半の歩兵が王都へ二割の位置になるシゥラ平原に集まった。彼らを十人組から師団単位へ編成を終えた時点で、グロチウスは賭けの勝利を確信した。
依然、王国軍は国境線に釘付けのままだ。陽動部隊は役割を果たしてくれた。
敵は王都防衛のため兵力をかき集めるだろうが、こちらの試算によれば用意できる兵数は五・六千人といったところ。ケインを狙う一万五千を遮る術はない。
「諸君らの忠誠、革命への誠心を、私は誇りに思う」
グロチウスは称賛する。
本体の構成員も、半分近くは陽動部隊と同じようなもの。革命勃発時におっかなびっくり銃を手に取った、素人に毛の生えたような連中ばかりだった。それが今や、古参兵と比較しても遜色ないような精悍な顔つきに変わっている。
通常の進軍速度なら三~五日以上かかる距離を、二日たらずで踏破した。少人数に分割して目的地へ向かうのだから、歩みは次第に鈍るものだろう。にもかかわらず、老将の計算と大差ない時間でやり遂げたのだ。ばらばらに動いたにも関わらず、逃亡兵も少ない。
針金のように彼らを律したのは、信念だ。
革命に殉じる。生まれる前から定められていた身分や地縁とは無関係に、自分の生き方は自分で決めるという決意。その象徴として描かれた、ファンファーレを吹き鳴らす天使の軍旗に導かれて、寒空の下、にわか兵士たちは愚直な行進を遂行したのだった。
「あと半日も歩けば、王国の首都が見える」
夜明け時のデジレ街道で、白み始めた地平線を指さしてグロチウスは呼ばわった。
「そこで諸君らには、人殺しと放火をしてもらう。貴族を殺せ。商人を殺せ。官吏を殺せ。老人を、女を、子供を殺せ。そして旧体制の象徴を炎で洗うのだ。すべては革命を全うするためだ」
馬を巡らせ、グロチウスは師団の先頭から末尾まで、浸透させるように言葉を繰り返した。
「間違った在り方を続けてきたこの国を、見せしめの篝火に変えるのだ。流血を厭うな。手にかかる人々も、それがきっかけとなって諸国に自由と平等がもたらされたと知れば、冥府で感謝することだろう」
兵士の一人と眼が合ったとき、その表情から何らかのタガが外れる気配を老将は読み取った。グロチウスは己の言葉を全て信じているわけではない。それでも指揮官にとって、命令を兵士に遂行させることこそ至上、躊躇や反発を生む真実なら、一顧だにする価値すらない。
グロチウスには見える。百キロの行軍を黙々と歩き通したこの兵士たちならば、破壊と殺戮も淡々とした手つきでやり遂げるだろう。
炎と血糊の鮮やかな赤を、老将は想像の中でかき混ぜ、愉しんだ。
それは世界を塗り替える色だ。