第二の可能性
文字数 4,640文字
仰せの通りでございます、とバンドは頷いた。
押し寄せてきた情報を消化するため、サキの頭は激しく渦巻いていた。
カヤが議長の娘。
なんてことだ、彼女の、おそらく知ってもらいたくなかった秘密が明るみに出てしまった。ある意味、僕のせいだ・・・・
いや、待て。
そうだったとしてだ。カヤが犯人ではないという僕の論証、カザルスは、どう覆すつもりだ?
「議長の相続について訊ねたい」
カザルスは質問を重ねる。
「カヤ嬢は、赤薔薇家の十分の一を相続する話になっていたと聞いていた。しかしこの相続分は、カヤ嬢を赤の他人に偽装した場合の数字だな?」
「仰せの通りにございます」
バンドの表情、声共に、平静を取り戻していた。
サキは貴族の相続に関する規定を必死で思い出す。基本的に貴族は長子相続。長男が健在なら、親の全てを受け継ぐことが可能だ。すでに亡くなっている場合は次男、次男もいなければ次の兄弟。男子がいなければ、長女に相続が回ってくる。被相続者は摘出子である必要があるのだが、例外的に、摘出子が不在、その子供も不在の場合のみ、非摘出子が相続の資格を得る決まりと定められている。
要するにカヤは、他の親族を差し置いて赤薔薇家の全てを相続する権利を持っている。
「ありがとうバンド。下がってもらっていい」
赤薔薇家家宰が獅子の扉を出た後で、カザルスはサキの方を向いて両腕を開いた。
「このような次第で、カヤ嬢の動機に関する疑問が解決いたしました。カヤ嬢を有罪と見ていたこちら側さえ、首を傾げざるを得なかった難点が判明したのです。すなわち、赤薔薇家全てを手中に収めること」
少将は拳を強く握った。
「あらかじめ財産の十分の一を譲る約束をしていたところを見ると、議長自身は、実子に全てを譲るおつもりはなかったのでしょう。親族の力関係を重視して、婚外子にはそれなりの財産のみ渡しておく。大貴族にはありがちな話ですが」
カザルスは指で拳銃の形をつくり、サキの方に向けた。
「カヤ嬢は承伏できなかった。実子の権利として、全てを欲していた。あるいは、他家へ放り出されたことに怒りを覚えていたのかもしれません」
違う、違う、カヤはそんな娘じゃない。
サキは声を上げて反論したかったが、主観を連ねて何になると自重する。冷静にならなければ。言葉をひねり出す。
「なるほどね。端から見れば、彼女に動機があるのは確かだ。しかしそれだけでは、彼女を無罪とする論拠は崩れない」
「決闘によるものでなければ、議長が自分の用意した武器であんなにあっけなく殺されるはずがない・・・・それが殿下の論証でしたね。それに軍服姿の説明もつかない」
打ち出されたサーベルを受けるように、カザルスは不敵に笑った。
「ところが、説明はつくのですよ。相手が愛娘であり、絵描きだったとすれば」
瞑目して、首を横に振った。
「男親にとって、娘というものはかわいくて仕方がないものです。熱愛した女優の落とし種とあっては、なおさらのことでしょう。議長もカヤ嬢の頼みであればたいていのことは聞き入れてあげたはず。そこでカヤ嬢はお願いしたのです。『お父様の肖像画を描いてみたい』とね」
サキは自分の造り上げた堅牢な要塞が崩れ落ちる音を聞いた。
考えもしなかった。しかし、それで説明はついてしまう。
「お願いしたのでしょう。『軍服姿のお父様を描きたい』と。あの部屋にはカヤ嬢作の静物絵が数点飾ってありましたが、肖像画はありませんでした。バンドを含む使用人にも確認しましたが、カヤ嬢が議長の肖像画を描いたことはなかっただろうとのことです。少し話を進めすぎましたので、犯行当日を中心に、議長とカヤ嬢の行動についてなぞっていきましょう」
のどが乾いたのか、カザルスは戸棚から小瓶を取り出して口に含んだ。
「まず、件のピストルについてですが、あれが議長には不釣り合いに見える理由は簡単なもので、議長が使うために作られたものではなかったからです。誰のためか?当然、カヤ嬢のためです。行動的なカヤ嬢を心配して、議長は護身用の銃を用意したのでしょう。ただ戦争や辺境への避難やらで、あの日までカヤ嬢に渡す機会がなかった。そうこうしているうちに、カヤ嬢から肖像画を描きたいと頼まれた。承知した議長は、肖像画のために軍服に乱れがないか確認させた。個人が肖像画を描かせる際、どんな格好をするかは人それぞれですが、議長の場合は軍服がふさわしいように思われます。何といっても軍政の最高位にいらっしゃる方ですからね」
「絵を描かせるために、いちいち人払いをしたのはどういう理屈なんだ」
サキが疑念を挟む。カザルスの論拠を崩すには弱いと自分でもわかっていた。
「強面の議長ともあろうものが、愛娘に絵を描かせてニヤニヤしているという状況が気恥ずかしかったのかも」
微笑み、カザルスは肩を揺らす。
「あるいはもっと深刻な意味で周囲の目をおもんばかったのかもしれません。嫡出外の子供が、父親の肖像画を描くという行為は、深読みすると、象徴的な意味合いがあるようにとれなくもないですからね。とにかくそのような理由で秘密裏に肖像画を描く次第となったのでしょう。まだ拳銃を渡す機会がなかったので、そのときに渡そうとも議長は考えた。当日の昼、議長が自分で拳銃の整備をされていたのは、娘に渡す前に挙動を確かめていたのでしょう。そして隠し通路からカヤ嬢が入ってきた。絵が一段落したとき、頃合いをみて議長はカヤ嬢に拳銃を渡す。拳銃の込め方、引き金の位置、説明を受ける内に、カヤ嬢はふと気付いたのです。弾丸の入った拳銃を持っている。目の前には無防備な父親がいると」
悲劇を演出するようにカザルスは眉を寄せ、顎を高く上げた。
「私にカヤ嬢の気持ちはわかりません。これまで、どんな気持ちで日々を過ごしてきたのか。父親を愛していたのか憎んでいたのかも。いずれにせよその瞬間、カヤ嬢の心は、引き金を引くことが正しいと判断したのです。そこに憎しみがあったのか、欲得があったのか、それはカヤ嬢にしかわからない事情でしょう。あるいはカヤ嬢にも説明できないかもしれません。要するに、計画的な犯行ではなかったと私は考えています。カヤ嬢の立場で犯行を計画するなら、もっと安全な方法もあったのではと思われるからです。毒を飲ませるとか、睡眠薬を飲ませるとか、カヤ嬢ならいくらでも可能性があるでしょう。それをしなかったということは、用意周到な殺人ではない」
カザルスは再び瓶に口をつけた。
「躯となった議長を確認した後、カヤ嬢が手を付けたのは、自身の痕跡を無くすための工作でした。一番の問題は、絵です。あの部屋には議長を描いた絵やイーゼルの類が残っていたはずです。放置するのは論外ですし、かさばる品を持って逃げるのも危険に思われた。だから暖炉で燃やしたんです」
「燃やした」
「しかしイーゼルと絵だけ燃やしたのでは、灰を調べてそれだと分かるかもしれない。不安になったカヤ嬢は、誤魔化すために関係ないものも炎にくべることにした。それで、本棚や書き物机の中身も暖炉に放り込んだのです。犯人が、重要な書類を燃やして証拠隠しをしたと偽装するために」
「偽装」
サキには言葉を繰り返すくらいしか余裕がない。燃やされていた書類の件をここに絡めてくるとは!サキの論証より、説得力は上だと認めざるを得ない。
「結果的に言えば、偽装を施す前に退散した方が得策だったかもしれません。螺旋階段の塔を出て隠し通路へ入ろうとしたあたりで、使用人の足音が聴こえたため咄嗟に第一発見者を装ったところ拘留の憂き目にあったのですから・・・・以上が、わたしの推論です」
飲み込むわけにはいかない。懸命に攻めどころを探し、突っ込みを入れる。
「議長が一丁目の拳銃を紛失したという話は?」
「それは議長の偽りでも何でもないのでは。本当に紛失したか、盗まれたのでしょう」
涼しい顔でカザルスは流した。
「こちらの論証も完全とは言い難いものであるのは確かです。しかしながら、『決闘以外でこの状況は説明できない』という論証は崩させていただきました・・・・議長の死は決闘でも説明できる。絵描きの愛娘の仕業だとしても説明できる。だとすれば」
カザルスは誰に対するでもなく、優雅に一礼した。
「現実に拘留された容疑者が存在する、私の説の方が信頼に値すると思いませんか」
まいった。
誰も見ていなかったら、サキは頭を抱えていただろう。
この奇妙な状況に合致する説明が他にあったとは。
「それでは殿下、反論がございましたら、お願いいたします」
カザルスが訊ねる。他の面々、とくにマリオンは勝ち誇っているだろうかと顔を確認したが、無表情でこちらを見つめてくるだけだった。相手も楽観してはいないんだな、と少しだけ気が楽になる。
「・・・反論はありません」
サキは敗北を認めた。
ただし、今日だけの敗北だ。
「その上で、審議の継続を希望します。来週の評議会で反証を提出できなければ、カヤ嬢の有罪を確定してもらってかまいません。それでいいですか」
「問題ありません。それではまた次週に」
やはり無表情のまま、マリオンが応じた。
「申し訳ございません」
冬宮の正門を出る直前で、待機していたらしいバンドが近づいてきた。恐縮に身を縮こまらせているかのようだ。
「仕方のないことです」
サキはなるべく温もりのある発声をしようと努める。怒っていなのは本当だ。
「あそこで、真実を告げない方が問題だと思います。でっちあげでも偽りでもないなら、話すしかない」
「そう仰っていただくと気が楽になりますが、それでも」
バンドはゆっくりと身を屈める。
「そもそも、カヤ様の事情を殿下にはお伝えしなかったこと事態、まことに申し訳ないことです・・・私としては、なるべく秘密にしておきたかったもので」
「わかりますよ。その気持ちも」
宥めながら、疑問も浮かぶ。
「カヤの話、赤薔薇家ではどこまで知れ渡っているんですか」
バンドは記憶を堀り起こすように頭頂部を叩いた。
「何とも申し上げられません。出産の折、保養地にいたのは私とお抱え医師、限られた使用人だけですが、彼らの口からどこまで漏れたものか見当が付きませんもので」
それもそうか。何しろ十七年も前だ。どれだけ堅い口でも、緩む年月だろう。
「今更隠すことでもないのでお伝えいたしますが」
バンドが低い声を出した。
「カヤ様を有罪にするよう、評議会に要望を出しておられるのは議長の義理の弟君と、叔父上にございます」
「ああ、前に聞いた相続候補の」
意外な話ではなかった。彼らにとって、カヤの存在ほど迷惑なものもないだろう。
優先順位を、サキは考える。その連中を動かす、たとえばカヤが相続をあきらめるか、ある程度取り分を譲歩するとかで、評議会への圧力を止めてもらう方に力を注ぐべきか・・・・・現状ではカヤを真犯人とする論証の信憑性が高まってしまったので、これまで通り、そちらに集中するべきか。
いずれにせよ、またカヤに面会しておいた方がいいだろう。何か思い出したかもしれない。
正門を抜ければ、新聞戦車たちが待ち構えている。先週とは異なり、説明をするのが億劫だった。
押し寄せてきた情報を消化するため、サキの頭は激しく渦巻いていた。
カヤが議長の娘。
なんてことだ、彼女の、おそらく知ってもらいたくなかった秘密が明るみに出てしまった。ある意味、僕のせいだ・・・・
いや、待て。
そうだったとしてだ。カヤが犯人ではないという僕の論証、カザルスは、どう覆すつもりだ?
「議長の相続について訊ねたい」
カザルスは質問を重ねる。
「カヤ嬢は、赤薔薇家の十分の一を相続する話になっていたと聞いていた。しかしこの相続分は、カヤ嬢を赤の他人に偽装した場合の数字だな?」
「仰せの通りにございます」
バンドの表情、声共に、平静を取り戻していた。
サキは貴族の相続に関する規定を必死で思い出す。基本的に貴族は長子相続。長男が健在なら、親の全てを受け継ぐことが可能だ。すでに亡くなっている場合は次男、次男もいなければ次の兄弟。男子がいなければ、長女に相続が回ってくる。被相続者は摘出子である必要があるのだが、例外的に、摘出子が不在、その子供も不在の場合のみ、非摘出子が相続の資格を得る決まりと定められている。
要するにカヤは、他の親族を差し置いて赤薔薇家の全てを相続する権利を持っている。
「ありがとうバンド。下がってもらっていい」
赤薔薇家家宰が獅子の扉を出た後で、カザルスはサキの方を向いて両腕を開いた。
「このような次第で、カヤ嬢の動機に関する疑問が解決いたしました。カヤ嬢を有罪と見ていたこちら側さえ、首を傾げざるを得なかった難点が判明したのです。すなわち、赤薔薇家全てを手中に収めること」
少将は拳を強く握った。
「あらかじめ財産の十分の一を譲る約束をしていたところを見ると、議長自身は、実子に全てを譲るおつもりはなかったのでしょう。親族の力関係を重視して、婚外子にはそれなりの財産のみ渡しておく。大貴族にはありがちな話ですが」
カザルスは指で拳銃の形をつくり、サキの方に向けた。
「カヤ嬢は承伏できなかった。実子の権利として、全てを欲していた。あるいは、他家へ放り出されたことに怒りを覚えていたのかもしれません」
違う、違う、カヤはそんな娘じゃない。
サキは声を上げて反論したかったが、主観を連ねて何になると自重する。冷静にならなければ。言葉をひねり出す。
「なるほどね。端から見れば、彼女に動機があるのは確かだ。しかしそれだけでは、彼女を無罪とする論拠は崩れない」
「決闘によるものでなければ、議長が自分の用意した武器であんなにあっけなく殺されるはずがない・・・・それが殿下の論証でしたね。それに軍服姿の説明もつかない」
打ち出されたサーベルを受けるように、カザルスは不敵に笑った。
「ところが、説明はつくのですよ。相手が愛娘であり、絵描きだったとすれば」
瞑目して、首を横に振った。
「男親にとって、娘というものはかわいくて仕方がないものです。熱愛した女優の落とし種とあっては、なおさらのことでしょう。議長もカヤ嬢の頼みであればたいていのことは聞き入れてあげたはず。そこでカヤ嬢はお願いしたのです。『お父様の肖像画を描いてみたい』とね」
サキは自分の造り上げた堅牢な要塞が崩れ落ちる音を聞いた。
考えもしなかった。しかし、それで説明はついてしまう。
「お願いしたのでしょう。『軍服姿のお父様を描きたい』と。あの部屋にはカヤ嬢作の静物絵が数点飾ってありましたが、肖像画はありませんでした。バンドを含む使用人にも確認しましたが、カヤ嬢が議長の肖像画を描いたことはなかっただろうとのことです。少し話を進めすぎましたので、犯行当日を中心に、議長とカヤ嬢の行動についてなぞっていきましょう」
のどが乾いたのか、カザルスは戸棚から小瓶を取り出して口に含んだ。
「まず、件のピストルについてですが、あれが議長には不釣り合いに見える理由は簡単なもので、議長が使うために作られたものではなかったからです。誰のためか?当然、カヤ嬢のためです。行動的なカヤ嬢を心配して、議長は護身用の銃を用意したのでしょう。ただ戦争や辺境への避難やらで、あの日までカヤ嬢に渡す機会がなかった。そうこうしているうちに、カヤ嬢から肖像画を描きたいと頼まれた。承知した議長は、肖像画のために軍服に乱れがないか確認させた。個人が肖像画を描かせる際、どんな格好をするかは人それぞれですが、議長の場合は軍服がふさわしいように思われます。何といっても軍政の最高位にいらっしゃる方ですからね」
「絵を描かせるために、いちいち人払いをしたのはどういう理屈なんだ」
サキが疑念を挟む。カザルスの論拠を崩すには弱いと自分でもわかっていた。
「強面の議長ともあろうものが、愛娘に絵を描かせてニヤニヤしているという状況が気恥ずかしかったのかも」
微笑み、カザルスは肩を揺らす。
「あるいはもっと深刻な意味で周囲の目をおもんばかったのかもしれません。嫡出外の子供が、父親の肖像画を描くという行為は、深読みすると、象徴的な意味合いがあるようにとれなくもないですからね。とにかくそのような理由で秘密裏に肖像画を描く次第となったのでしょう。まだ拳銃を渡す機会がなかったので、そのときに渡そうとも議長は考えた。当日の昼、議長が自分で拳銃の整備をされていたのは、娘に渡す前に挙動を確かめていたのでしょう。そして隠し通路からカヤ嬢が入ってきた。絵が一段落したとき、頃合いをみて議長はカヤ嬢に拳銃を渡す。拳銃の込め方、引き金の位置、説明を受ける内に、カヤ嬢はふと気付いたのです。弾丸の入った拳銃を持っている。目の前には無防備な父親がいると」
悲劇を演出するようにカザルスは眉を寄せ、顎を高く上げた。
「私にカヤ嬢の気持ちはわかりません。これまで、どんな気持ちで日々を過ごしてきたのか。父親を愛していたのか憎んでいたのかも。いずれにせよその瞬間、カヤ嬢の心は、引き金を引くことが正しいと判断したのです。そこに憎しみがあったのか、欲得があったのか、それはカヤ嬢にしかわからない事情でしょう。あるいはカヤ嬢にも説明できないかもしれません。要するに、計画的な犯行ではなかったと私は考えています。カヤ嬢の立場で犯行を計画するなら、もっと安全な方法もあったのではと思われるからです。毒を飲ませるとか、睡眠薬を飲ませるとか、カヤ嬢ならいくらでも可能性があるでしょう。それをしなかったということは、用意周到な殺人ではない」
カザルスは再び瓶に口をつけた。
「躯となった議長を確認した後、カヤ嬢が手を付けたのは、自身の痕跡を無くすための工作でした。一番の問題は、絵です。あの部屋には議長を描いた絵やイーゼルの類が残っていたはずです。放置するのは論外ですし、かさばる品を持って逃げるのも危険に思われた。だから暖炉で燃やしたんです」
「燃やした」
「しかしイーゼルと絵だけ燃やしたのでは、灰を調べてそれだと分かるかもしれない。不安になったカヤ嬢は、誤魔化すために関係ないものも炎にくべることにした。それで、本棚や書き物机の中身も暖炉に放り込んだのです。犯人が、重要な書類を燃やして証拠隠しをしたと偽装するために」
「偽装」
サキには言葉を繰り返すくらいしか余裕がない。燃やされていた書類の件をここに絡めてくるとは!サキの論証より、説得力は上だと認めざるを得ない。
「結果的に言えば、偽装を施す前に退散した方が得策だったかもしれません。螺旋階段の塔を出て隠し通路へ入ろうとしたあたりで、使用人の足音が聴こえたため咄嗟に第一発見者を装ったところ拘留の憂き目にあったのですから・・・・以上が、わたしの推論です」
飲み込むわけにはいかない。懸命に攻めどころを探し、突っ込みを入れる。
「議長が一丁目の拳銃を紛失したという話は?」
「それは議長の偽りでも何でもないのでは。本当に紛失したか、盗まれたのでしょう」
涼しい顔でカザルスは流した。
「こちらの論証も完全とは言い難いものであるのは確かです。しかしながら、『決闘以外でこの状況は説明できない』という論証は崩させていただきました・・・・議長の死は決闘でも説明できる。絵描きの愛娘の仕業だとしても説明できる。だとすれば」
カザルスは誰に対するでもなく、優雅に一礼した。
「現実に拘留された容疑者が存在する、私の説の方が信頼に値すると思いませんか」
まいった。
誰も見ていなかったら、サキは頭を抱えていただろう。
この奇妙な状況に合致する説明が他にあったとは。
「それでは殿下、反論がございましたら、お願いいたします」
カザルスが訊ねる。他の面々、とくにマリオンは勝ち誇っているだろうかと顔を確認したが、無表情でこちらを見つめてくるだけだった。相手も楽観してはいないんだな、と少しだけ気が楽になる。
「・・・反論はありません」
サキは敗北を認めた。
ただし、今日だけの敗北だ。
「その上で、審議の継続を希望します。来週の評議会で反証を提出できなければ、カヤ嬢の有罪を確定してもらってかまいません。それでいいですか」
「問題ありません。それではまた次週に」
やはり無表情のまま、マリオンが応じた。
「申し訳ございません」
冬宮の正門を出る直前で、待機していたらしいバンドが近づいてきた。恐縮に身を縮こまらせているかのようだ。
「仕方のないことです」
サキはなるべく温もりのある発声をしようと努める。怒っていなのは本当だ。
「あそこで、真実を告げない方が問題だと思います。でっちあげでも偽りでもないなら、話すしかない」
「そう仰っていただくと気が楽になりますが、それでも」
バンドはゆっくりと身を屈める。
「そもそも、カヤ様の事情を殿下にはお伝えしなかったこと事態、まことに申し訳ないことです・・・私としては、なるべく秘密にしておきたかったもので」
「わかりますよ。その気持ちも」
宥めながら、疑問も浮かぶ。
「カヤの話、赤薔薇家ではどこまで知れ渡っているんですか」
バンドは記憶を堀り起こすように頭頂部を叩いた。
「何とも申し上げられません。出産の折、保養地にいたのは私とお抱え医師、限られた使用人だけですが、彼らの口からどこまで漏れたものか見当が付きませんもので」
それもそうか。何しろ十七年も前だ。どれだけ堅い口でも、緩む年月だろう。
「今更隠すことでもないのでお伝えいたしますが」
バンドが低い声を出した。
「カヤ様を有罪にするよう、評議会に要望を出しておられるのは議長の義理の弟君と、叔父上にございます」
「ああ、前に聞いた相続候補の」
意外な話ではなかった。彼らにとって、カヤの存在ほど迷惑なものもないだろう。
優先順位を、サキは考える。その連中を動かす、たとえばカヤが相続をあきらめるか、ある程度取り分を譲歩するとかで、評議会への圧力を止めてもらう方に力を注ぐべきか・・・・・現状ではカヤを真犯人とする論証の信憑性が高まってしまったので、これまで通り、そちらに集中するべきか。
いずれにせよ、またカヤに面会しておいた方がいいだろう。何か思い出したかもしれない。
正門を抜ければ、新聞戦車たちが待ち構えている。先週とは異なり、説明をするのが億劫だった。