秘事
文字数 2,667文字
カヤの処遇を問う第二回目の評議会。今回は六名の評議員とサキだけでなく、新顔も加わっていた。
評議員側の証人として召喚されたバンドだ。
事前にカザルスより連絡を受けていたため、サキもとくに驚きはしなかった。赤薔薇家の家宰であれば、家中に精通しているはずなので、カヤの有罪の根拠となる情報を持っていてもおかしくはない。サキの捜査には協力的だったバンドだが、評議会側の尋問に対して、不利な証言を控えてくれるだろうとまでは期待していない。
「証人はまず、本名と職業を述べるように」
カザルスが事務的な口調で告げる。
「トレニオ・バンドと申します。赤薔薇家におきまして、家中の諸事を取りまとめる役目を承っております」
無感情な声で自己紹介を行うバンドを眺めながら、サキは警戒心を強くする。さあこの口から、どんな爆弾が飛び出すのか。
「まず最初に、殺害当日の議長閣下の行動について聞かせてもらいたい」
カザルスは少しだけ声を柔らかくして質問を発した。
「遺体で発見された際、議長は軍服を身につけておられた。当日、軍服に着替えたのはいつ頃だったか?」
早くも、サキにとって予想外の展開だ。
脳内を疑問符が飛び回る。
議長が軍装だった事実は、評議会側にとってなるべく触ってほしくない情報のはずだった。追求すると議長の決闘相手が同じ評議員だった可能性に結びつくからだ。
にも関わらず、初手から触れて来た。まさか、評議会側は気付いていないのか?いいや、そんなに愚かなはずはない。
「着替えられたのは正午より少し前でございます」
「なぜ軍服に着替える必要があった?当日、軍関係者と面会する予定があったのか」
「いえ、ございません」
「議長は日常的に軍服を着て過ごしておられたのか?」
「そういった習慣は持っておられませんでした。むしろ軍に所属されている方とお会いになる際も、平服のままいらっしゃることが大半だったように思われます」
なんなんだこの流れは?
サキは混乱する。自分たちの首を絞めるような質問をカザルスは繰り出し続けている。評議員たちの表情を確認するが、動揺は伺えない。
「では当日に軍服へ着替えた際、そのことについて何か議長は仰っていたか?」
「当日は特に何も」
バンドは一瞬、サキと視線を合わせた。
「ですが前日の午前に、軍服を整えておくようお申し付けになりました。刺繍に解れはないか、袖に汚れはないか、あればすぐに補修するように、とのお達しでした」
「なる、ほど」
カザルスは満足したように頷いた。
「つまり議長は、当日、誰かに会う際、軍服を着ることを重視されていた、というわけだな」
何考えているんだ?
サキには理解できない。こちらの決闘説を裏付けるような証拠取りばかり続いているのだ。
「質問を変えよう」
カザルスはバンドに近寄り、
「証人は、赤薔薇家にいつ頃から仕えているのか」
「二十年と十ヶ月になります。私の父親も当家で取りまとめの仕事をおおせつかっておりまして、十年前、父が身罷りました折に後を継ぎました。それまでは父親の補助のような役割をしておりました」
「ということは家宰の地位に就く以前であっても、赤薔薇家で発生した重大事はある程度知っていたのだな?」
「何もかも、というわけではございませんが」
「議長が深く寵愛していたマルノ・カルカについては?」
「お側にてお世話をすることもございましたので、ある程度は」
僅かな変化をサキは気取る。バンドの声がほんの少しだけ硬さを増やした。
「十七年前、マルノ・カルカが南方の保養地に長期滞在した際の話を教えてもらいたい」
赤薔薇家家宰は、見えない誰かに殴られたように身を震わせた。
カザルスが頬を歪ませる。
「彼女は、およそ十ヶ月に渡って保養地に滞在しているな?そこでどのように過ごしたかについて、詳細を知っているなら教えてほしい」
「・・・・存じ上げております」
バンドの声が震えている。
「私も同行しておりましたので」
「保養地はキムレという名の閑村で、気候はいいが、さほど娯楽もない場所と聞いている」
カザルスはわざとらしく首を傾げた。
「私も旅行を好む性分ではあるが、二・三日ならともかく、どうしてあのような場所に十ヶ月も?と首を捻らざるを得ないような土地柄だ。教えてもらえるか、長期滞在の理由を」
「お体の具合が、よろしくなかったためにございます」
「不調の理由について、明確に聞かせてもらいたい」
「・・・その前にお願いがございます」
一転、バンドは太い声を出した。
「これから申し上げる事柄のために、私が当家のご親族から不利益を被らないよう、保証をいただきたいのです」
「了解した。文書で伝達を出す。新聞にも明記させる」
回答したのはマリオンだった。ゼマンコヴァとイオナも頷いている。
「・・・ありがとうございます。それでは申し上げます」
バンドはもう一度、サキを一瞥した。
「マルノ・カルカ様は身ごもっておられました。長期滞在は、ご出産のためにございます」
サキの頭の中で早鐘が鳴り響く。
まさか。
「出産は、無事に済んだのか」
カザルスが労るような声を出す。
「つつがなく終わりましてございます」
「生まれた赤ん坊の性別は?」
「女のお子様でいらっしゃいました」
早鐘が止まり、重圧となってサキにのし掛かった。カザルスとバンドの応答を、ただ、聞き続ける他にない。
「しかし議長にご息女はいらっしゃらなかったはず。というより、お子様自体、一人もいらっしゃらなかったはずだ。その後、ご息女は夭折されたのか?」
「いいえ、今も元気に過ごしていらっしゃいます」
バンドは苦渋に満ちた表情で言葉を発した。
「当時は奥様がまだご存命でしたので、お子さまを家内に迎え入れられるような状況ではございませんでした。そのため、苦肉の策として、他家に養子として引き取っていただいたのでございます・・・折り良く、という言い方もよろしくはございませんが、生まれてまもなくお子さまが亡くなったご家庭が見つかりまして、そのお家に相談いたしました」
「まだるっこしい質問はここまでといたします」
カザルスはサキの方を向いて肩をすくめた。
「赤薔薇家家宰・バンド氏に尋ねる。その他家に引き取られた女児とは」
鋭い声で、訊いた。
「現在、議長殺害の嫌疑がかかっている人物ーーーーカヤ嬢その人ということで間違いはないな?」。
評議員側の証人として召喚されたバンドだ。
事前にカザルスより連絡を受けていたため、サキもとくに驚きはしなかった。赤薔薇家の家宰であれば、家中に精通しているはずなので、カヤの有罪の根拠となる情報を持っていてもおかしくはない。サキの捜査には協力的だったバンドだが、評議会側の尋問に対して、不利な証言を控えてくれるだろうとまでは期待していない。
「証人はまず、本名と職業を述べるように」
カザルスが事務的な口調で告げる。
「トレニオ・バンドと申します。赤薔薇家におきまして、家中の諸事を取りまとめる役目を承っております」
無感情な声で自己紹介を行うバンドを眺めながら、サキは警戒心を強くする。さあこの口から、どんな爆弾が飛び出すのか。
「まず最初に、殺害当日の議長閣下の行動について聞かせてもらいたい」
カザルスは少しだけ声を柔らかくして質問を発した。
「遺体で発見された際、議長は軍服を身につけておられた。当日、軍服に着替えたのはいつ頃だったか?」
早くも、サキにとって予想外の展開だ。
脳内を疑問符が飛び回る。
議長が軍装だった事実は、評議会側にとってなるべく触ってほしくない情報のはずだった。追求すると議長の決闘相手が同じ評議員だった可能性に結びつくからだ。
にも関わらず、初手から触れて来た。まさか、評議会側は気付いていないのか?いいや、そんなに愚かなはずはない。
「着替えられたのは正午より少し前でございます」
「なぜ軍服に着替える必要があった?当日、軍関係者と面会する予定があったのか」
「いえ、ございません」
「議長は日常的に軍服を着て過ごしておられたのか?」
「そういった習慣は持っておられませんでした。むしろ軍に所属されている方とお会いになる際も、平服のままいらっしゃることが大半だったように思われます」
なんなんだこの流れは?
サキは混乱する。自分たちの首を絞めるような質問をカザルスは繰り出し続けている。評議員たちの表情を確認するが、動揺は伺えない。
「では当日に軍服へ着替えた際、そのことについて何か議長は仰っていたか?」
「当日は特に何も」
バンドは一瞬、サキと視線を合わせた。
「ですが前日の午前に、軍服を整えておくようお申し付けになりました。刺繍に解れはないか、袖に汚れはないか、あればすぐに補修するように、とのお達しでした」
「なる、ほど」
カザルスは満足したように頷いた。
「つまり議長は、当日、誰かに会う際、軍服を着ることを重視されていた、というわけだな」
何考えているんだ?
サキには理解できない。こちらの決闘説を裏付けるような証拠取りばかり続いているのだ。
「質問を変えよう」
カザルスはバンドに近寄り、
「証人は、赤薔薇家にいつ頃から仕えているのか」
「二十年と十ヶ月になります。私の父親も当家で取りまとめの仕事をおおせつかっておりまして、十年前、父が身罷りました折に後を継ぎました。それまでは父親の補助のような役割をしておりました」
「ということは家宰の地位に就く以前であっても、赤薔薇家で発生した重大事はある程度知っていたのだな?」
「何もかも、というわけではございませんが」
「議長が深く寵愛していたマルノ・カルカについては?」
「お側にてお世話をすることもございましたので、ある程度は」
僅かな変化をサキは気取る。バンドの声がほんの少しだけ硬さを増やした。
「十七年前、マルノ・カルカが南方の保養地に長期滞在した際の話を教えてもらいたい」
赤薔薇家家宰は、見えない誰かに殴られたように身を震わせた。
カザルスが頬を歪ませる。
「彼女は、およそ十ヶ月に渡って保養地に滞在しているな?そこでどのように過ごしたかについて、詳細を知っているなら教えてほしい」
「・・・・存じ上げております」
バンドの声が震えている。
「私も同行しておりましたので」
「保養地はキムレという名の閑村で、気候はいいが、さほど娯楽もない場所と聞いている」
カザルスはわざとらしく首を傾げた。
「私も旅行を好む性分ではあるが、二・三日ならともかく、どうしてあのような場所に十ヶ月も?と首を捻らざるを得ないような土地柄だ。教えてもらえるか、長期滞在の理由を」
「お体の具合が、よろしくなかったためにございます」
「不調の理由について、明確に聞かせてもらいたい」
「・・・その前にお願いがございます」
一転、バンドは太い声を出した。
「これから申し上げる事柄のために、私が当家のご親族から不利益を被らないよう、保証をいただきたいのです」
「了解した。文書で伝達を出す。新聞にも明記させる」
回答したのはマリオンだった。ゼマンコヴァとイオナも頷いている。
「・・・ありがとうございます。それでは申し上げます」
バンドはもう一度、サキを一瞥した。
「マルノ・カルカ様は身ごもっておられました。長期滞在は、ご出産のためにございます」
サキの頭の中で早鐘が鳴り響く。
まさか。
「出産は、無事に済んだのか」
カザルスが労るような声を出す。
「つつがなく終わりましてございます」
「生まれた赤ん坊の性別は?」
「女のお子様でいらっしゃいました」
早鐘が止まり、重圧となってサキにのし掛かった。カザルスとバンドの応答を、ただ、聞き続ける他にない。
「しかし議長にご息女はいらっしゃらなかったはず。というより、お子様自体、一人もいらっしゃらなかったはずだ。その後、ご息女は夭折されたのか?」
「いいえ、今も元気に過ごしていらっしゃいます」
バンドは苦渋に満ちた表情で言葉を発した。
「当時は奥様がまだご存命でしたので、お子さまを家内に迎え入れられるような状況ではございませんでした。そのため、苦肉の策として、他家に養子として引き取っていただいたのでございます・・・折り良く、という言い方もよろしくはございませんが、生まれてまもなくお子さまが亡くなったご家庭が見つかりまして、そのお家に相談いたしました」
「まだるっこしい質問はここまでといたします」
カザルスはサキの方を向いて肩をすくめた。
「赤薔薇家家宰・バンド氏に尋ねる。その他家に引き取られた女児とは」
鋭い声で、訊いた。
「現在、議長殺害の嫌疑がかかっている人物ーーーーカヤ嬢その人ということで間違いはないな?」。