曖昧な決意

文字数 1,048文字

 バロバロ、と弦楽器の音が鳴る。
 
 振り向くと、粗末な身なりをした小男がリュートを奏でていた。
「吟遊詩人でございます」
 服装に不釣合いな白い歯を見せて笑う。
「一曲いかがですか」
「ええと」
 サキは呆れる。
「知らないの?これから、ここがどうなるか」
「存じておりますが……その、この有様でございまして」
 肩をすくめ、詩人は足元を見下ろした。
 ぼろぼろの服に紛れて判りにくかったが、左足が義足だ。
 グリムのそれに比べると明らかに安物、テーブルの支えと大差ないような義足。
 これでは、長旅は難しいだろう。 
「連れてってくれる知り合いはいないのかい。友人とか、恋人とか」
「そういう甲斐性がございましたら」
 詩人は哀しげに首を横に振る。
「そもそも吟遊詩人など、やってはいなかったでしょうな」
「そうか……」
 サキは懐から金貨を出して詩人に握らせる。
 リュートを使うために手入れしているのか、顔に似合わず、すべすべした掌だった。
「寂しいけど、希望もある歌をたのむ」
「では、古来の戦歌を一つ」
 バロバロと弦が鳴った。

 閑散とした通りに、詩人の歌が響く。明瞭な発音ながら気取りのない、サキ好みの歌声だった。


 下品な歌を歌って死にたい
 下品な歌を歌って死にたい

 毎日に振り掛けるような歌
 毎日に振り掛けるような歌

 愛のためじゃなく 夢のためじゃなく
 命のためでもなく 希望のためでもなく
 ただ生きているだけで疲れるような
 どうしようもない気だるさを慰めるだけの歌

 そんな言葉を教えておくれ
 そんな音を拾わせておくれ

 下品な歌を歌って死にたい
 下品な歌を歌って死にたい

 毎日に振り掛けるような歌
 毎日に振り掛けるような歌


「お粗末様でした」
 弦を留め、吟遊詩人は一礼した。
 
 少年の眼から水がこぼれる。

 この歌に動かされて決心したかと問われると、そうではない気がする。
 ただ、サキは歌を聴きながら頭の中でサイコロを転がし、自分で決めたのだった。

「姉上」涙をぬぐい、サキは傍らのニコラに告げる。
「薬は結構です。戦場へ行きます。あがいてみます」
「そうですか」
 姉は微かに眼を細める。
「この局面で、そう決めたことは、あなたの善良さだと思います」
「そんなものじゃありません」
善という言葉がサキにはくすぐったい。
「ぶらさがっているんです。この街が、僕に。切り離せないだけです」
 姉は何も言わなかった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

サキ

「王国」名門貴族 黒繭家の次男


ニコラ

黒繭家長女 サキの姉


カヤ

女流画家 サキとニコラの幼馴染

侯爵

黒繭家当主 演劇「決闘の王子」演出総責任者

クロア

黒繭家当主夫人 サキとニコラの母

フランケン

黒繭家執事

カザルス

王国軍少将 

グリム

赤薔薇家当主 王国軍「宮廷軍事評議会」議長

マリオン

宮廷軍事評議会副議長

イオナ

宮廷軍事評議会書記

ゼマンコヴァ

宮廷軍事評議会参議

フェルミ

王国軍大佐

ギディングス

王国軍中佐

グロチウス

共和国軍総司令官

クローゼ

共和国軍中将

バンド

赤薔薇家家宰

コレート

イオナの妻 青杖家当主

ゲラク

赤薔薇家邸宅「いばら荘」掃除夫

レシエ準男爵

王国宮廷画家

ロッド

王国軍少佐 サキ・ニコラの又いとこ

ピーター・ウッドジュニア

 売文家

ジョン・ドゥ

売文家

ジャン・バティスト・ベルナール・フォン・ラインシール

売文家

孔雀男

謎の怪人

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み