決断の代償
文字数 1,078文字
「サキはばかですね。どうしようもなく馬鹿ですね」
執務室。冷ややかな目つきでニコラは言った。
要件を済ませ、少将はすでに館を後にしている。
サキはびくびくしながらニコラの顔色を窺っている。父親より、姉の方が気障りだ。いつの頃からか、サキを叱る役割はニコラが担当している。
「ここまで愚かだと、本当に私の弟なのか疑ってしまいます。あなたは影武者ですか。本物が生まれたときからサキの振りをしているのですか。今は大事なときなので、私の聡明な弟を返してくれませんか」
「本物ですよっ」
「それなら、どうして知恵が足りないのでしょう。何か悪いものでも食べましたか。例えば自分の脳みそとか」
「おこりますよっ!いくらなんでも」
ニコラは基本、無口だが、相手を罵倒するときに限って口数が増える。だからサキと一緒にいるときは饒舌な方だ。
「怒っているのは私たちです」ニコラは父親を一瞥してからサキに向き直る。「あなたの勝手な行動が、我が家を崩壊させかねないのですよ」
「まさか、断れとか言うのじゃないでしょうね」
サキは脅えるが、侯爵が首を横に振った。
「不可能だ。評議会はお前を、判断力のある成人と見なして話を持ち掛けてきた。応じてしまった以上、私にも取り消す権限はない。もうどうしようもないのだよ」
語調には、自分をすり抜けて話を通されたことへの憤りは窺えない。むしろ愚者を憐れむ寛大さを感じ、サキは反発した。
「確かにあの使者は、少々、いや、かなりうさんくさい陰謀家のように思われました。そのような人物をよこした評議会も、似通った人間の集まりなのでしょう。でも」
サキは少将とのやりとりを、かいつまんで説明する。
「彼は言い切りました。僕をあやつり人形にするつもりだと。綺麗な言葉をちりばめて持ち上げる輩よりも、むしろ誠実な態度です」
「……『これからあなたを殴ります』と宣言する人が誠実ですか」
ニコラは拳で弟の胸元を叩くふりをした。
「そういう人は、銃で撃ってくるかもしれませんよ」
「とにかくっ」机をばん、と叩き、サキは弁解兼説得を打ち切った。
「僕は乗ることに決めたんです。援助を乞いはしませんが、邪魔だけは控えていただきたい」
にらみつけると、侯爵は重々しく目を伏せた。
対照的に姉は、弟をまっすぐに見返す。
「あなたの思い通りに運ぶなら、何も心配はしません。さしあたっては、お金や女の子で駄目にされないよう、気をつけなさい」
「そんな安い誘惑に、僕がたぶらかされるとでも?」
サキは余裕たっぷりに笑った。
「ぜったい大丈夫ですよ」
執務室。冷ややかな目つきでニコラは言った。
要件を済ませ、少将はすでに館を後にしている。
サキはびくびくしながらニコラの顔色を窺っている。父親より、姉の方が気障りだ。いつの頃からか、サキを叱る役割はニコラが担当している。
「ここまで愚かだと、本当に私の弟なのか疑ってしまいます。あなたは影武者ですか。本物が生まれたときからサキの振りをしているのですか。今は大事なときなので、私の聡明な弟を返してくれませんか」
「本物ですよっ」
「それなら、どうして知恵が足りないのでしょう。何か悪いものでも食べましたか。例えば自分の脳みそとか」
「おこりますよっ!いくらなんでも」
ニコラは基本、無口だが、相手を罵倒するときに限って口数が増える。だからサキと一緒にいるときは饒舌な方だ。
「怒っているのは私たちです」ニコラは父親を一瞥してからサキに向き直る。「あなたの勝手な行動が、我が家を崩壊させかねないのですよ」
「まさか、断れとか言うのじゃないでしょうね」
サキは脅えるが、侯爵が首を横に振った。
「不可能だ。評議会はお前を、判断力のある成人と見なして話を持ち掛けてきた。応じてしまった以上、私にも取り消す権限はない。もうどうしようもないのだよ」
語調には、自分をすり抜けて話を通されたことへの憤りは窺えない。むしろ愚者を憐れむ寛大さを感じ、サキは反発した。
「確かにあの使者は、少々、いや、かなりうさんくさい陰謀家のように思われました。そのような人物をよこした評議会も、似通った人間の集まりなのでしょう。でも」
サキは少将とのやりとりを、かいつまんで説明する。
「彼は言い切りました。僕をあやつり人形にするつもりだと。綺麗な言葉をちりばめて持ち上げる輩よりも、むしろ誠実な態度です」
「……『これからあなたを殴ります』と宣言する人が誠実ですか」
ニコラは拳で弟の胸元を叩くふりをした。
「そういう人は、銃で撃ってくるかもしれませんよ」
「とにかくっ」机をばん、と叩き、サキは弁解兼説得を打ち切った。
「僕は乗ることに決めたんです。援助を乞いはしませんが、邪魔だけは控えていただきたい」
にらみつけると、侯爵は重々しく目を伏せた。
対照的に姉は、弟をまっすぐに見返す。
「あなたの思い通りに運ぶなら、何も心配はしません。さしあたっては、お金や女の子で駄目にされないよう、気をつけなさい」
「そんな安い誘惑に、僕がたぶらかされるとでも?」
サキは余裕たっぷりに笑った。
「ぜったい大丈夫ですよ」