隠れていた男
文字数 4,101文字
大正義新聞 十二月号外
現在、我が国の国勢を担う宮廷軍事評議会の面々について、到底看過し得ない不実が発覚した。
以下の版面に示すは、先月の戦役において戦死した革命軍指導者の一人、グロチウス将軍がしたためたとされる通信文を活版で再現したものである。
同封されていた地図も同時に示す。
これらの証拠物から導き出される疑いようもない事実、それは我が国の軍上層部に所属する何者かが、背信行為に手を染めていたという証拠である。
我が国の領土に侵攻した革命軍は、背信者の手引きがあったからこそ領土奥深くまで攻め入ることが可能だったのである。
読者諸兄の中には、革命軍にかけがえのない家族を奪われた方も少なからずいらっしゃることだろう。選抜民兵として戦場に身を投じ、命を落とした夫・きょうだい・息子を悼む方々もいらっしゃることだろう。それらの悲劇は、この裏切り者の手によって生み出された出来事なのだ。
では、その裏切り者とは何者なのか?筆者はもう一つの証拠物を、以下の図版に示した。
この奇怪な形状の木靴は、デジレ近郊にて発見された木屑を繋ぎ会わせたものである。裏側に伸びた部分のネジ穴は、いばら荘最上階の舞台上に鎮座する椅子の片方に痕跡が合致するものであった。この数週間、他の新聞でご覧になっていただろう論証、摂政殿下が主張しておられた、「議長は決闘により殺害された」という推測を確実なものとする証拠物品である。
カヤ嬢の無実が別の形で証明されたため、決闘が執り行われていたか否かはそれ以上追求されはしなかった。しかしこの木靴は、議長と向かい合い、その血を浴びたと思われる人物が使用していたものと推測されるのだ。右足を損耗されていた議長と決闘を行う際に、身体を同条件に近づけるために取り付けたものと見受けられる。
この証明が、卑劣な裏切り文書とどのように結びつくのだろうか。文書は、議長が命を落としたのと近い時期に赤薔薇家の親族へ届けられた。だとすれば、発信者は議長自身である可能性が高い。つまり議長は軍上層部に背信者が混ざっていることを察知していたのだ。
当然、議長はこの背信者を密かに糾弾した。裏切り者は狼狽したことだろうが、場を切り抜けるための狡猾さも備えていた。悪党には、罪を暴かれそうになった場合の常套手段が存在する。皆様も、演劇「決闘の王子」で目にされているだろう。「濡れ衣を被せられた」として決闘を申し込むというやり口である。
嘆かわしいことに、議長はこの居直り同然の要求に応じてしまわれた。片足を失ってなお、その肉体は巨人ゴリアテの如く強健そのものであり、敗北の可能性など微塵も考慮されていなかったのだろう。しかし拳銃を使用した決闘は、悪魔が微笑む結果となった。裏切り者の弾丸は議長の胸筋を貫き、肋骨をすべり心臓を砕いて死に至らしめたのだ。
この顛末に裏切り者は狂喜したことであろう。そのままいばら荘を後にして、証拠物を隠した後は素知らぬ顔で日常に戻ったのだ。
しかし議長とて、愚者ではない。公表されることを期して、背信の証拠を親族に託していたのである。
グロチウスの手紙と同封の絵図には、裏切り者の名前までは記されておらず、議長の但し書きもなかった。これがどのような意図によるものか解釈はしかねるが、疑いの範囲を狭めることは可能だ。
諸君は、決闘を見学した経験はおありだろうか。決闘は、基本的に社会的に同格かそれに近い人物の間で執り行われるものである。この社会的な関係というものは、決闘の場における当事者の出で立ちにも反映される。そして今回の決闘で、議長の遺体は軍服を身につけていた。
単純に考えれば、議長の相手は彼と同格の軍人であったと推察できる。
同格、つまり元帥の位にあるものたちだ。ゼマンコヴァ・マリオン・イオナの三名がこれに当てはまる。彼らは宮廷軍事評議会に所属しており、開戦前から軍令の責任者を務めていた。このうちの誰かが、国防に携わる立場でありながら革命軍に情報を売り、それをとがめた議長をも手にかけたのだ。
なお最近、評議員に引き立てられたカザルス・フェルミ・ギディングスの三名も容疑者に加えるべきかもしれない。いずれにせよ軍中枢に位置する人物が、国家に背信行為を働いたという事実は、疑いようのないものである。
「何だこれ。何だこれ、何だこれ!」
正午前の摂政府。突然押し掛けてきた評議会の面々(加えてコレート)が持参した新聞を読めと要求されたサキは、一読するなり混乱の底に落とされた。
読み捨てた新聞を傍らのニコラとカヤが取り上げ、一緒に目を通している。
「大正義新聞」見覚えのない新聞名だ。文責も、印刷所も記されていない。
「早朝に、王都のそこら中でばらかまれたようです」
カザルスがお手上げ、の身振りを見せた。
「少し遅れて、既存の新聞社も新聞戦車たちも号外を発行し始めた。内容はほとんど同じです。それを読んだ民衆が殺気立っている」
「誰かが密かに刷り上げ、無料で広めた内容を既存の新聞も後追いしている。記事の内容を、民衆も信じ始めているというわけか」
サキは評議員たちに視線を向けた。
「しかし……知りませんでしたよ僕も。軍上層部の誰かがグロチウスと通じていた?重要な機密というのは、この件だったんですね。そして、脅迫の犯人は議長の義弟でも叔父でもなく、彼らを騙った謎の人物だったって……」
「白々しいっ」
それまで青い顔をしていたマリオンが叫んだ。
「殿下の仕業だろう!木靴の件は黙ってやるとか油断させておいて、一気にぶちまけたのだ。手紙を手に入れたのも、脅迫も、全て糸を引いておったのだなっ!」
サキはあんぐりと口を開いた。
「失礼、頭の具合は大丈夫ですか?」
ニコラの瞳に憐憫がちらついている。
「脅迫者が弟だったら、カヤを処刑させるよう仕向けるはずがないでしょう」
瞳を瞬いたマリオンに、姉は畳みかける。
「むしろ、拘留されたカヤを無罪にするよう働きかけるはずです。面倒極まりない評議会のために証拠集めをする必要もなかった。違いますか」
「う、うむ、そのようだな」
マリオンは身を縮め、サキに対して頭を下げた。
「予想外の出来事に混乱してしまったようだ。申し訳ない」
「……いえ」
サキは怒らない。激怒してもいい言いがかりだったかもしれないが、陰謀家みたいに評価されていた部分は悪い気がしなかった。
「疲れてるんですよ。色々気苦労もあったことだし」
気苦労の無さそうなギディングスがマリオンを気遣う。
「帰って寝たらどうです」
「寝てられるかっ!」
マリオンは両手を降りあげる。この人、一切合切が終わったら死ぬんじゃないかな、とサキは不安になった。
「けっきょく、我々が隠し通してきたことが全て明るみに出てしまった」
ゼマンコヴァが乾いた声で言う。
「そりゃあ、民衆は怒るじゃろう。王都は汚されずに済んだものの、革命軍のおかげで商売や日々の暮らしに損害を受けた者も多いだろうし、その怒りに革命主義者が乗じたら、どこまで転がるか分からん」
「すでに乗じているかもしれません」
フェルミが重い声を出した。
「いくら国家への裏切り行為が明らかになったとは言え、展開が早すぎる。ここに来る途中、
官舎に石を投げている市民を見かけましたよ。不満、怒りを纏める『芯』のような役割を果たしている革命主義者が混ざっているはずです」
「それでは急がなくてはなりませんね」
コレートが傍らの夫に話しかけた。
「早くバンド氏を確保して、企みの全てを白状していただきましょう」
え?
サキは青杖家当主の顔を見た。
「あら、当然の帰結ではないかしら」
コレートが拍子抜けしたように眉を下げる。
「この件の首謀者、どう考えてもバンド氏ですわ。ニコラさんも同じ考えでは?」
話を振られた姉は、ゆっくりと首肯した。
「確実とは言い切れませんが、これまでの材料から判断する限り、そう見るべきでしょうね。私がひっかかったのは、他の新聞や出版社も大正義新聞の主張に追随している、という話です。新聞記者は庶民ほど純朴ではありませんから、開示された文書や証言の裏を取ろうとしたはずです。彼らを納得させるために、おそらく黒幕自身が各社を訪れて、文書を見せたり木靴の件に関して説明したのでしょう。それらを考慮すると、黒幕の条件を設定可能です」
一同を見渡し、ニコラは指を折った。
「その一、木靴の件を知っている人物。いばら荘で決闘のために使用されたという木靴の話は、弟も、評議会の方々も記者には漏らさなかった話です。それを知っていたのは、木靴を復元する工程を見ていた人物、木靴のネジ穴を決闘用の椅子と照らし合わせる際にいばら荘にいた人物、評議会に出席していた人物等に限られます」
「その二、社会的に信頼度の高い人物。まったく無関係の人間や下位の使用人が話を持ち込んだところで、複数の出版社に信用してもらえるとは限りません。彼の証言なら間違いないだろう、と納得してもらえる地位が必要です」
「その三、赤薔薇家内をある程度支配できる権力、あるいは権限を持っている人物。これまで黒幕は、議長の叔父と義弟の名を騙って評議会に圧力をかけていましたが、これは使用人を動かす命令権や、家内の事情を察知する情報網を持っていなければできない行為です」
「なるほど、確かにバンドなら、その三条件に当てはまりますな」
カザルスが感心するように片眉を上げる。
「あれは優秀な男だ。こちらに看破されるだろうと予測して、姿をくらますかもしれない。早目にしょっぴいておきますか」
「その必要はない」
イオナが顎を上げた。
「先に聴いた妻の意見がもっともと思えたので、すでに手勢のものをいばら荘に向かわせている」
「それでは行き違いになってしまいましたな」
聞き覚えのある声に、サキは驚いて視線を移す。
執務室の入り口にバンドが立っていた。
現在、我が国の国勢を担う宮廷軍事評議会の面々について、到底看過し得ない不実が発覚した。
以下の版面に示すは、先月の戦役において戦死した革命軍指導者の一人、グロチウス将軍がしたためたとされる通信文を活版で再現したものである。
同封されていた地図も同時に示す。
これらの証拠物から導き出される疑いようもない事実、それは我が国の軍上層部に所属する何者かが、背信行為に手を染めていたという証拠である。
我が国の領土に侵攻した革命軍は、背信者の手引きがあったからこそ領土奥深くまで攻め入ることが可能だったのである。
読者諸兄の中には、革命軍にかけがえのない家族を奪われた方も少なからずいらっしゃることだろう。選抜民兵として戦場に身を投じ、命を落とした夫・きょうだい・息子を悼む方々もいらっしゃることだろう。それらの悲劇は、この裏切り者の手によって生み出された出来事なのだ。
では、その裏切り者とは何者なのか?筆者はもう一つの証拠物を、以下の図版に示した。
この奇怪な形状の木靴は、デジレ近郊にて発見された木屑を繋ぎ会わせたものである。裏側に伸びた部分のネジ穴は、いばら荘最上階の舞台上に鎮座する椅子の片方に痕跡が合致するものであった。この数週間、他の新聞でご覧になっていただろう論証、摂政殿下が主張しておられた、「議長は決闘により殺害された」という推測を確実なものとする証拠物品である。
カヤ嬢の無実が別の形で証明されたため、決闘が執り行われていたか否かはそれ以上追求されはしなかった。しかしこの木靴は、議長と向かい合い、その血を浴びたと思われる人物が使用していたものと推測されるのだ。右足を損耗されていた議長と決闘を行う際に、身体を同条件に近づけるために取り付けたものと見受けられる。
この証明が、卑劣な裏切り文書とどのように結びつくのだろうか。文書は、議長が命を落としたのと近い時期に赤薔薇家の親族へ届けられた。だとすれば、発信者は議長自身である可能性が高い。つまり議長は軍上層部に背信者が混ざっていることを察知していたのだ。
当然、議長はこの背信者を密かに糾弾した。裏切り者は狼狽したことだろうが、場を切り抜けるための狡猾さも備えていた。悪党には、罪を暴かれそうになった場合の常套手段が存在する。皆様も、演劇「決闘の王子」で目にされているだろう。「濡れ衣を被せられた」として決闘を申し込むというやり口である。
嘆かわしいことに、議長はこの居直り同然の要求に応じてしまわれた。片足を失ってなお、その肉体は巨人ゴリアテの如く強健そのものであり、敗北の可能性など微塵も考慮されていなかったのだろう。しかし拳銃を使用した決闘は、悪魔が微笑む結果となった。裏切り者の弾丸は議長の胸筋を貫き、肋骨をすべり心臓を砕いて死に至らしめたのだ。
この顛末に裏切り者は狂喜したことであろう。そのままいばら荘を後にして、証拠物を隠した後は素知らぬ顔で日常に戻ったのだ。
しかし議長とて、愚者ではない。公表されることを期して、背信の証拠を親族に託していたのである。
グロチウスの手紙と同封の絵図には、裏切り者の名前までは記されておらず、議長の但し書きもなかった。これがどのような意図によるものか解釈はしかねるが、疑いの範囲を狭めることは可能だ。
諸君は、決闘を見学した経験はおありだろうか。決闘は、基本的に社会的に同格かそれに近い人物の間で執り行われるものである。この社会的な関係というものは、決闘の場における当事者の出で立ちにも反映される。そして今回の決闘で、議長の遺体は軍服を身につけていた。
単純に考えれば、議長の相手は彼と同格の軍人であったと推察できる。
同格、つまり元帥の位にあるものたちだ。ゼマンコヴァ・マリオン・イオナの三名がこれに当てはまる。彼らは宮廷軍事評議会に所属しており、開戦前から軍令の責任者を務めていた。このうちの誰かが、国防に携わる立場でありながら革命軍に情報を売り、それをとがめた議長をも手にかけたのだ。
なお最近、評議員に引き立てられたカザルス・フェルミ・ギディングスの三名も容疑者に加えるべきかもしれない。いずれにせよ軍中枢に位置する人物が、国家に背信行為を働いたという事実は、疑いようのないものである。
「何だこれ。何だこれ、何だこれ!」
正午前の摂政府。突然押し掛けてきた評議会の面々(加えてコレート)が持参した新聞を読めと要求されたサキは、一読するなり混乱の底に落とされた。
読み捨てた新聞を傍らのニコラとカヤが取り上げ、一緒に目を通している。
「大正義新聞」見覚えのない新聞名だ。文責も、印刷所も記されていない。
「早朝に、王都のそこら中でばらかまれたようです」
カザルスがお手上げ、の身振りを見せた。
「少し遅れて、既存の新聞社も新聞戦車たちも号外を発行し始めた。内容はほとんど同じです。それを読んだ民衆が殺気立っている」
「誰かが密かに刷り上げ、無料で広めた内容を既存の新聞も後追いしている。記事の内容を、民衆も信じ始めているというわけか」
サキは評議員たちに視線を向けた。
「しかし……知りませんでしたよ僕も。軍上層部の誰かがグロチウスと通じていた?重要な機密というのは、この件だったんですね。そして、脅迫の犯人は議長の義弟でも叔父でもなく、彼らを騙った謎の人物だったって……」
「白々しいっ」
それまで青い顔をしていたマリオンが叫んだ。
「殿下の仕業だろう!木靴の件は黙ってやるとか油断させておいて、一気にぶちまけたのだ。手紙を手に入れたのも、脅迫も、全て糸を引いておったのだなっ!」
サキはあんぐりと口を開いた。
「失礼、頭の具合は大丈夫ですか?」
ニコラの瞳に憐憫がちらついている。
「脅迫者が弟だったら、カヤを処刑させるよう仕向けるはずがないでしょう」
瞳を瞬いたマリオンに、姉は畳みかける。
「むしろ、拘留されたカヤを無罪にするよう働きかけるはずです。面倒極まりない評議会のために証拠集めをする必要もなかった。違いますか」
「う、うむ、そのようだな」
マリオンは身を縮め、サキに対して頭を下げた。
「予想外の出来事に混乱してしまったようだ。申し訳ない」
「……いえ」
サキは怒らない。激怒してもいい言いがかりだったかもしれないが、陰謀家みたいに評価されていた部分は悪い気がしなかった。
「疲れてるんですよ。色々気苦労もあったことだし」
気苦労の無さそうなギディングスがマリオンを気遣う。
「帰って寝たらどうです」
「寝てられるかっ!」
マリオンは両手を降りあげる。この人、一切合切が終わったら死ぬんじゃないかな、とサキは不安になった。
「けっきょく、我々が隠し通してきたことが全て明るみに出てしまった」
ゼマンコヴァが乾いた声で言う。
「そりゃあ、民衆は怒るじゃろう。王都は汚されずに済んだものの、革命軍のおかげで商売や日々の暮らしに損害を受けた者も多いだろうし、その怒りに革命主義者が乗じたら、どこまで転がるか分からん」
「すでに乗じているかもしれません」
フェルミが重い声を出した。
「いくら国家への裏切り行為が明らかになったとは言え、展開が早すぎる。ここに来る途中、
官舎に石を投げている市民を見かけましたよ。不満、怒りを纏める『芯』のような役割を果たしている革命主義者が混ざっているはずです」
「それでは急がなくてはなりませんね」
コレートが傍らの夫に話しかけた。
「早くバンド氏を確保して、企みの全てを白状していただきましょう」
え?
サキは青杖家当主の顔を見た。
「あら、当然の帰結ではないかしら」
コレートが拍子抜けしたように眉を下げる。
「この件の首謀者、どう考えてもバンド氏ですわ。ニコラさんも同じ考えでは?」
話を振られた姉は、ゆっくりと首肯した。
「確実とは言い切れませんが、これまでの材料から判断する限り、そう見るべきでしょうね。私がひっかかったのは、他の新聞や出版社も大正義新聞の主張に追随している、という話です。新聞記者は庶民ほど純朴ではありませんから、開示された文書や証言の裏を取ろうとしたはずです。彼らを納得させるために、おそらく黒幕自身が各社を訪れて、文書を見せたり木靴の件に関して説明したのでしょう。それらを考慮すると、黒幕の条件を設定可能です」
一同を見渡し、ニコラは指を折った。
「その一、木靴の件を知っている人物。いばら荘で決闘のために使用されたという木靴の話は、弟も、評議会の方々も記者には漏らさなかった話です。それを知っていたのは、木靴を復元する工程を見ていた人物、木靴のネジ穴を決闘用の椅子と照らし合わせる際にいばら荘にいた人物、評議会に出席していた人物等に限られます」
「その二、社会的に信頼度の高い人物。まったく無関係の人間や下位の使用人が話を持ち込んだところで、複数の出版社に信用してもらえるとは限りません。彼の証言なら間違いないだろう、と納得してもらえる地位が必要です」
「その三、赤薔薇家内をある程度支配できる権力、あるいは権限を持っている人物。これまで黒幕は、議長の叔父と義弟の名を騙って評議会に圧力をかけていましたが、これは使用人を動かす命令権や、家内の事情を察知する情報網を持っていなければできない行為です」
「なるほど、確かにバンドなら、その三条件に当てはまりますな」
カザルスが感心するように片眉を上げる。
「あれは優秀な男だ。こちらに看破されるだろうと予測して、姿をくらますかもしれない。早目にしょっぴいておきますか」
「その必要はない」
イオナが顎を上げた。
「先に聴いた妻の意見がもっともと思えたので、すでに手勢のものをいばら荘に向かわせている」
「それでは行き違いになってしまいましたな」
聞き覚えのある声に、サキは驚いて視線を移す。
執務室の入り口にバンドが立っていた。