終幕
文字数 1,718文字
ワルツが終わった後、サキは最初にいたバルコニーへ戻って来た。
広間を見下ろすと、先刻まで来客が舞い踊っていた領域に座席が運び込まれている。座席はサキから見て反対側のバルコニーを見上げる位置に設置されており、その場所は現在、えんじ色の天幕で覆われていた。
なにが始まるのかと、招待客たちも気にかけているようだ。
天幕の前にフランケンがやってきた。拡声器を手に、広間に残っていた人々へ呼びかける。
「ご来賓の皆様にお伝えいたします。間もなく演劇『決闘の王子』の特別講演を行いますので、どうぞお楽しみください」
歓声が上がる。サキの隣でスケッチを開始していたカヤが眼を瞬いた。すでに普段のフード姿に戻り、正面に並べたキャンバスに筆を走らせている。
「ここで上演するんだ。よかったの、サキ」
「父上がやりたいって言ったからさ」
サキは肩をすくめた。父上に助けてもらったのは間違いない話なので、要望を聞いてあげたのだ。公平に見て、悪い出し物でもない。
上演開始までの時間稼ぎだろう。楽団が花弦曲を奏で始めた。好きな曲だったので、力が抜けて眠くなってしまう。
戦場。冤罪への異議申し立て。見せかけの決闘。
次から次へと難題に見舞われたが、全て乗り越えた。達成感はある。でも安心ばかりしてはいられない。
何ができたのか、何ができなかったのか。何を獲得して、何を取りこぼしたのか。分析して、反省して次に繋げないと。完全な権力を手中に収めるためにだ。
「描いたよ、サキ」
眼の前に回り込んできたカヤが、キャンバスの一つを見せた。
軍服姿で微笑む少年。サキの肖像画だ。
「僕、こんな顔、したことあったっけ。こんな、優しそうな……」
少なくともサキ自身は、これまで鏡の中でお目にかかった覚えはない表情だった。
「見たことは、ないよ。でもたぶん、サキが心の中に持ってる顔だと思う」
すごいなカヤは、と感心しながら何のつもりだろう、とも訝るサキだったが、
「そうか、約束だ。描いて、僕に立ち向かうっていう約束だ」
「そ。この絵はサキにあげるからさ」
カヤは挑発的な笑顔を見せる。
「毎日眺めてよ。サキが権力者として、おかしくなりそうなとき、この絵を観るの。そしたら歪まないで済むかもね」
どうだろうな、とサキは苦笑する。
そもそも、歪む以前の段階なのだ。自分はまだ見つけてさえいない。
信念。自分が国家を統治する上で不可欠な芯のような事柄を、心の中に打ち立てないといけないのだ。
難しい。厄介だなあ。
それでも、進むだけだ。意味不明でも、理解不能でも歩みを進めるしかない。
「カヤ」
サキは傍らの少女に聞いてみたくなった。
「権力者って、どういうものだろうね。強いって、力があるって、支配するって何なんだろう」
「んー」
難しいこと訊くなよ、と言いたげにカヤは眉を揺らす。
「よくわかんないけど、その人がいたらみんなが動かされてしまう、逆らえない、そういうものでしょう?」
筆を休め、向かいのバルコニーに顔を向けた。
「さしあたっては、あそこにいるんじゃない」
今にも動き出しそうな天幕を、カヤは指さした。
「そうか、あれなんだ。あれが『権力』か」
サキは手を叩いた。ずっと求めていた捜し物が、机の下から出てきたような気分だ。
つまり、あれから取り上げなければ、本物の権力は手には入らないというわけか。
大変な難題だ。
でも、いいだろう。
サキは覚悟を決める。奪ってやる。この国において、あれ以上に歯ごたえのある敵は存在しないだろう。
宣戦布告でもするような気持ちで、少年は、そいつが出てくるのを待つのだった。
幕が上がり、孔雀男が現れた。
The End
広間を見下ろすと、先刻まで来客が舞い踊っていた領域に座席が運び込まれている。座席はサキから見て反対側のバルコニーを見上げる位置に設置されており、その場所は現在、えんじ色の天幕で覆われていた。
なにが始まるのかと、招待客たちも気にかけているようだ。
天幕の前にフランケンがやってきた。拡声器を手に、広間に残っていた人々へ呼びかける。
「ご来賓の皆様にお伝えいたします。間もなく演劇『決闘の王子』の特別講演を行いますので、どうぞお楽しみください」
歓声が上がる。サキの隣でスケッチを開始していたカヤが眼を瞬いた。すでに普段のフード姿に戻り、正面に並べたキャンバスに筆を走らせている。
「ここで上演するんだ。よかったの、サキ」
「父上がやりたいって言ったからさ」
サキは肩をすくめた。父上に助けてもらったのは間違いない話なので、要望を聞いてあげたのだ。公平に見て、悪い出し物でもない。
上演開始までの時間稼ぎだろう。楽団が花弦曲を奏で始めた。好きな曲だったので、力が抜けて眠くなってしまう。
戦場。冤罪への異議申し立て。見せかけの決闘。
次から次へと難題に見舞われたが、全て乗り越えた。達成感はある。でも安心ばかりしてはいられない。
何ができたのか、何ができなかったのか。何を獲得して、何を取りこぼしたのか。分析して、反省して次に繋げないと。完全な権力を手中に収めるためにだ。
「描いたよ、サキ」
眼の前に回り込んできたカヤが、キャンバスの一つを見せた。
軍服姿で微笑む少年。サキの肖像画だ。
「僕、こんな顔、したことあったっけ。こんな、優しそうな……」
少なくともサキ自身は、これまで鏡の中でお目にかかった覚えはない表情だった。
「見たことは、ないよ。でもたぶん、サキが心の中に持ってる顔だと思う」
すごいなカヤは、と感心しながら何のつもりだろう、とも訝るサキだったが、
「そうか、約束だ。描いて、僕に立ち向かうっていう約束だ」
「そ。この絵はサキにあげるからさ」
カヤは挑発的な笑顔を見せる。
「毎日眺めてよ。サキが権力者として、おかしくなりそうなとき、この絵を観るの。そしたら歪まないで済むかもね」
どうだろうな、とサキは苦笑する。
そもそも、歪む以前の段階なのだ。自分はまだ見つけてさえいない。
信念。自分が国家を統治する上で不可欠な芯のような事柄を、心の中に打ち立てないといけないのだ。
難しい。厄介だなあ。
それでも、進むだけだ。意味不明でも、理解不能でも歩みを進めるしかない。
「カヤ」
サキは傍らの少女に聞いてみたくなった。
「権力者って、どういうものだろうね。強いって、力があるって、支配するって何なんだろう」
「んー」
難しいこと訊くなよ、と言いたげにカヤは眉を揺らす。
「よくわかんないけど、その人がいたらみんなが動かされてしまう、逆らえない、そういうものでしょう?」
筆を休め、向かいのバルコニーに顔を向けた。
「さしあたっては、あそこにいるんじゃない」
今にも動き出しそうな天幕を、カヤは指さした。
「そうか、あれなんだ。あれが『権力』か」
サキは手を叩いた。ずっと求めていた捜し物が、机の下から出てきたような気分だ。
つまり、あれから取り上げなければ、本物の権力は手には入らないというわけか。
大変な難題だ。
でも、いいだろう。
サキは覚悟を決める。奪ってやる。この国において、あれ以上に歯ごたえのある敵は存在しないだろう。
宣戦布告でもするような気持ちで、少年は、そいつが出てくるのを待つのだった。
幕が上がり、孔雀男が現れた。
The End