不眠とアザラシと、アボリジニの聖地

文字数 2,680文字

メルボルンから車で東へ2時間ほどの海辺の町で迎えた2010年。ホリデーハウスのベランダからは海が見渡せるし、ホリデー客で賑わう素敵な海辺の町なのだけど、ここに来てから眠れなくなっていた。

このホリデーハウスはインターネットで調べて、犬も滞在OKであることと(肝心のドギーたちは残念ながら2匹とも逝ってしまったのだけれど…)、海が見渡せるというのが気に入って借りたのだった。だけど実際来てみれば、初めの印象から良くなかった。

なんと掃除がされておらず、薄汚れたタオルや髪の毛が床に落ちていたのだった!? 管理会社に電話をかけると、オーナーと管理会社の手違いだからと急遽クリーニングサービス会社を手配してくれたのだが、その後もどこか落ち着かなくて、嫌ぁな感じは拭えなかった。それでも最初の3晩は何事もなく過ぎた。

年明け元旦の夜、真夜中に音楽で目が覚めた。女性シンガーのソロが響き渡るディスコ系で、私は聞いたこともない曲だった。近所でパーティーでもしているのかな~と、そのときは寝ぼけ頭で思った。けれど曲以外、人の声は全くせず、しかも外ではしとしとと雨が降っていた。雨音の中、女性の歌声とビートだけが響き渡っているのだった。

??? 思わずベッドから半身を起こした。同じ曲が暫く続いていたけれど、ふいにぷつっと消えてしまった。その後はもう何の音もなく、しとしと降る雨音だけ。もう音楽も人の声もしないし、何だったんだろー、今のは? おかしいな~?? と思いつつも、その夜はそのまま眠ってしまった。

そうして悪夢は、その翌日に起きた。ここに来てから何かそういう気がしなくて、私は日課にしている瞑想を全くしていなかったのだけれども、年も明けたことだしと夕食後に瞑想を始めた。

瞑想を始めて暫く経つと、海の方から喧騒が聞こえてきた。人の話し声とか犬の鳴き声。ビーチでパーティーでもしているのかな~と思っていたけど、喧騒はますます騒がしくなってきた。何人かの男たちは酔っ払っているようで喚いたり、怒鳴ったり、悪態をついている。あまりにうるさくて瞑想に集中できなかったので、私は仏陀を思い浮かべ、マントラを唱えた。するとすーっと喧騒は、不思議なことに消えてしまったのだった。

瞑想を終えてからベランダに出てみたけれど、外は静かなものだった。霊的なものだったのかもしれないと思いつつ、子どもたちに呼ばれ家族の輪に戻った。

その夜は最悪だった。夜中の2時ごろ今度は親子の声で起こされた。いかにも幼そうな男の子の声とお父さん。真夜中の2時に子どもがふらついているとも思えず、瞑想時のこともあったので、ただちに光をイメージしてマントラを唱えた。するとすーっとまた声は消えてしまった。

安堵しつつこのまま眠ってしまおうと思ったが、幼い子どもの声だったので無視して寝てしまうことに何か良心の呵責を感じた。過去の経験を思い出し、この人たちが何か伝えたいことがあるのなら、もしかして話を聞くべきなのかもしれないなぁとか。

思ったとたん喧騒がまた戻って来た。人々の話す声に交じって、怒鳴りちらす声や喚きまくる声に大型犬らしき犬の吠え声が重なって。酔っ払っているのか何人かの若い男性たちの今にも喧嘩でも始めそうな怒声や罵声がはっきりと聞こえてきた。すっごく暴力的で、霊だろうと生者だろうと絶対に関わり合いになりたくないタイプの、通りの向こうで目にしたら足早にUターンして逃げ出すであろう類のグループ。

声はどんどん近くなり、そのうちなんとこちらに向かって来る足音までもが聞こえてくるではないかっ! さすがに私もビビってベッドから起き上がり隣の部屋へ。リビングに行っても、それでも喧騒は聞こえてくる! これは本物、暴徒がなぜかうちを荒らしにやって来たのかもしれない…。ヤバイ! 

警察をすぐ呼べるように携帯を手にして、ベランダのカーテンを開けた。するとふ~っと、喧騒が止んでしまったのだった。時おり前の道を走る車と、遠くに静かな波の音が聞こえるだけで。

自分の気が狂ったかと思った。それからは怖くなってしまって、下の子を連れて夫とお姉ちゃんの寝室に行き、家族全員で電気を煌々とつけて寝たのだった。

翌朝、ダディンが隣町で開かれているニュー・エイジ・フェスティバルのことを思い出した。そういう怪しげなイベントなら君の向こう岸な話にも耳を傾けてくれる人もいるかもしれない、と。

内心このままでは気が狂ってしまうかも…とビビっていたので、このタイミングはシンクロニシティ!だとばかりに飛び付いた。実際ありがたいことに、そこにはいました、いました、霊能プロの方々が。

霊能者の多さにどこに行こうか迷ったものの、クリスタルと仏像を置いてある60代くらいの女性のところに。彼女はカードもルーンも手相も見ずに霊視だけで占うと言う。

正面に座ったところ名前を聞かれ手を握られた。開口一番、
「あなたは霊的エネルギーにとても敏感ですね」

思わず私は昨日の夜、眠れなかったことを話していた。そういう場合はどうすればいいのかとも。話し終わらないうちに彼女は頷いてくれた。

「あなたの言ってること、すごぅくわかります。実は私も昨夜一昨日と眠れなかったの。ニューイヤーイヴ以来バカ騒ぎしたいスピリットたちがホリデー客同様この町一帯に集まって来ているから。ここにいる霊能者たちも昨夜は騒がしくて眠れなかったって言ってたわ」、と。

ほっとした。とてつもなく。良かった、自分だけじゃなかったんだ的安堵感がぽわぽわぁと胸に広がってゆく。その後、彼女はプロテクションの方法を懇切に教えてくれたのだった。

帰りに子どもたちとイーグルズ・ネストと呼ばれる海辺に寄った。岩場の浜に立つ岩で、昔は地元のアボリジニたちが聖地として崇めたと言う。

その岩や海岸に続く岩場に立ち、打ち寄せる波を眺めていた。とても平和で美しかった。壮大な自然とエネルギーに心が洗われるようだった。

ふと、昨夜のエネルギーにアボリジニの人たちが少しも感じられなかったことに気がついた。ここの町や浜辺で見かける人たち同様オージーばかりだった、と。

「マミィ、見て、見て!」
娘の歓声に振り向き指さす方向を見やれば、アザラシだった! しかも子どものアザラシが、岩場にもたれて、お昼寝している!!!

野生のアザラシを見たのなど、子どもたちも私も初めてだった。ベイビー・アザラシのお昼寝を邪魔しないように遠くから眺めていた。

昨夜の悪夢が嘘のように、しっとりとした海辺の午後。

今夜は健やかに眠れますように。


2010/1/3
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