ゲシェのバースデーパーティと娘のブレイクスルー

文字数 2,824文字

前回はメルボルンのチベット仏教寺院で開かれたダライラマ法王の生誕を祝う法要のことを書いたけど、今週はその寺院の高僧の75歳を祝うバースデーパーティーだった。ここでゲシェの誕生会が開かれるというのは、珍しいことだった。ゲシェ・ドガの講義や瞑想指導はシンプルで奥が深く、私も多々インスピレーションをいただいている。その感謝を込めてパーティーに参加してきた。

とはいえ当日はなんのかんのと他の予定が入ってしまって、会場に着いたときには既にパーティーが始まっていた。ホールには人がぎっしりと。思った以上にフォーマルで、スピーチも始まっている。子どもたちを急かし、案内のスタッフに促されるまま、やはり遅れて来た人たちの後に続いて、そそくさと会場に入った。そうして気がつけば、なんと最前列にいた!? しかも目の前には巨大なバースデーケーキがっ!

マズイ!と、瞬時に思った。ムゥがこのケーキを崩してしまったらどうしよう!?  ちょっと手を伸ばせばすぐ届く位置にケーキは鎮座しているんだ。よりにもよって、こ~んな引っ込みのつかないポジションについてしまうとは!?

焦りながら周りを見回せば、皆さん当然のことながら真剣にスピーチを聞いてらっしゃる。傍らにはずらりとチベット僧のゲストの方々。ううっ…。

スピーチに立った60歳くらいと思しきオージー男性が、自分はゲシェ・ドガの古い友人だと、センター設立時の思い出話なんかを語り始めた。その昔、70年代にスピリチュアリティを求めてインドを旅したヒッピーの彼らが、インドやネパールへ避難してチベット仏教修業を続けていたグルたちを見つけ出して教えを請い、西欧諸国へと連れてきてくれたのだった。

元ヒッピーでチベット教徒の彼のお話は面白かったものの、隣で息子は早くも「もう帰るよぅ!」などと宣い始めている。しかもあの幼児特有の、声量コントロール不能、決してひそひそ話のできない妙に甲高い声で! これじゃあ、とてもLOVE&PEACEどころじゃあないでしょ。

ペロペロ飴でも入ってはないかっ?とバッグの中を引っかき回したけれども、こういうときに限って、なぁぁぁんにも見つからない(涙)。切羽詰まって、これはもう天に頼むしかない!と観音さまや菩薩さま、天使や宇宙に呼びかけて(って節操ないナ)、息子をなんとか黙らせてくれますようにと頼み込んだ。

―と、スタッフの一人がこちらにやって来て、チョコやロリィを息子に手渡してくれたではないかっ! 「他の子どもたちにも回してちょうだい」とお菓子の詰まった袋を丸ごと差し出してくる。

おお~、あなた様は地上天使さまではっ!? 

チョコ大好き息子は大喜び。お菓子に熱中するあまり、もはや口もきかない。このタイミングって、すご過ぎる! ありがとうございます~! 思わず天に感謝していた。

しかしながらスピーチのゲストは次々と登場し、チョコの数も息子の忍耐もそう長くは続かないのであった。遂にダディンはムゥを連れて、いつものごとく退場するハメに…。

それから1分と経たずにケーキカットが始まった。さっきチョコをくれたスタッフがまたやって来て、「75」と数字の描かれたキャンドルに火を灯す。それから彼女は「ゲシャの席からではとても炎までは息が届かないから、あなたが代わりに蝋燭の火を吹き消してくれる?」と、今度は娘に耳打ちしたのだった。

とたんにメェの顔色がさっと変わった。瞳に怯えと恐怖がありありと見て取れる。彼女は頬を引き攣らせ「ママ、やって」
へっ、大人の私が…ですか?

娘は人から注目されるのが大嫌いである。嫌いと言うより恐れている。幼いときからそうだった。目立つことをとにかく恐れ、注目されるとパニックになって固まってしまうんだ。

この間、日本に帰ったときもそう。お花見で人だかりができていたので、何ごとかと見に行けば綺麗な小鳥が3羽、桜の枝にとまっていた。その木には小鳥と桜を謳った俳句がいくつも吊るされていて、と~っても風情。人々は春らしく、長閑に美しい風景に見惚れ、写真に収めていたのだった。

「きれいだね~」「かわいいね~」などと娘と話していたら、近くにいたおじさんが、
「おじょうちゃん、子鳥を指にのせてみたいかい?」

メェは動物や小鳥が大好きである。もちろん瞳を輝かせて頷いた。するとおじさんは手を伸ばし、ほんとうに小鳥を1羽、自分の指先にのせて、ほいっと娘の前に差し出してくれたのだった。

とたんにワッと人々の視線。娘は顔をひきつらせ、恐怖のあまり固まってしまった。やっと声を震わせて「ママ、やって」

え~~~ 
結局、私が指先に青い小鳥をのせ、シャッターを押す人々に揉まれておりました…。(- -;)

注目されるのが恐くて、大好きなこともやりたいことも諦めてしまう娘。幼稚園のころはディズニーのプリンセスに夢中だったのに、コスチュームパーティーでは「恐いから」と決してプリンセスドレスを着ようとはせず普段着で行っていた。以前通っていた小学校の民族衣装を着て参加できるエスニックデーも、大好きな日本の着物があったのに「目立つと恐いから」と、いつも通り制服で行った。

好きなことややりたいことを恐怖や不安から我慢してしまう、そんな彼女を前にするにつけ、親としては心配になっていたのよ。この根深さには何かあるのかも…。これを癒さないと、娘は自分の能力を発揮できないのではないか、とか。だからこのときも内心、うわ~今回もか~!?、と。

バースデーソングの合唱のなか、けれど娘はすくっと立ち上がり、皆の前に立ったのだった。そうしてスタッフの合図で、ふぅ~と蝋燭の炎を吹き消した!

私は、娘がこ~んなに大勢の人々の視線を浴びながら任務を全うできたことに(といっても息を吹いただけだけど)驚いていた。得意そうな顔で戻って来た彼女を拍手で迎えていた。

そのとき向こうから群衆をかき分け走ってくる子どもが! 息子が顔を真っ赤にして「なんで、メェだけキャンドル消せたのぅ! もう許さないからねっ」と、メェをバシッ。ムゥは嫉妬と怒りに駆られ、わざわざ姉を叩きに来たのだった…。既に会場はケーキカットで慌ただしく、目立たなかったのは幸いだったけど。^^;


その夜、寝る前に娘が思いだしたようにぽつりと言った。
「ママ、あそこ200人くらいの人がいたよね。あのときみんなわたしのこと見てたよね。でもわたしは平気だったんだよね。こわかったけど、やれたんだよね」

「そうだよ。やれたんだよ。すごかったよね、メェ!」

蝋燭の火を吹き消すという小さな行動ではあったけれども、今日のことは彼女のなかで大きな自信となったようだ。幸運にも彼女は自分の限界を一つ超えることができたのだった。良かったねぇ、メェ。

続いて、ムゥも一言。
「今日はチョコ食べられたから、良かったね~」

改めて、感謝を込めて。
Happy Birthday, Geshe Doga!


2010/7/11
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